近年のバイオテクノロジーの急速な発展によって、損傷・死滅した脳細胞を、外部で培養した脳細胞と置き換えることが可能になってきました。
しかも置き換える脳細胞は、必ずしもホストと同じ動物である必要がなくなってきたのです。
最近の実験でも、ラットの脳に人間の脳細胞を移植して長期間生存させることに成功しています。しかし、移植された人間の脳細胞がラットの脳で役割を獲得し、両者の間で神経接続が成立したかどうかはわかっていませんでした。
ですが今回、スウェーデンの研究者が、脳卒中に陥ったラットの脳に人間の脳細胞(iPS細胞から作成)を移植したところ、人間の脳細胞がラットの脳細胞と神経接続を確立していることを発見しました。
また新たに確立された異種神経接続はラットの脳の広範に及び、脳卒中により失われていたラットの運動能力と感覚機能を回復させていたことも明らかになりました。
これは異種脳を組み合わせ、一つの脳として機能させることに成功した最初の事例となります。
この「脳細胞置換」技術によって、ラットの頭蓋骨内部における人間の脳細胞の割合を、100%まで増やすことが可能となるでしょう。
また、倫理的な問題を乗り越えれば、人間の頭蓋骨の中身を他の動物や、遺伝改良した優秀な人工細胞で満たすことができるかもしれません。
しかし私たちは、そのような生物をこれまでと同じく「ラット」「人間」と呼んでもいいのでしょうか?
人間の脳細胞はラットの脳細胞を置換した
毎年約1500万人が脳卒中を患い、約600万人が脳卒中で死亡しています。
また生き延びたとしても、永続的な後遺症に悩まされる可能性があります。
現在、脳卒中に対して期待される根本的な治療法は、万能細胞から分化させた神経細胞を脳に移植することで、失った神経接続を回復することです。
しかし人体実験はハードルが高く、移植した人間の神経細胞がどのように挙動するかは多くが謎に包まれていました。
そこで研究者たちは、人為的に脳卒中を誘発させたラットに人間の脳細胞を加えることで、移植脳がどのように振る舞うのかを調べようとしました。
実験に使われたラットは大脳皮質に脳卒中による損傷を受けた状態であり、人間の神経細胞は損傷部分を覆うように設置されました。
そして移植実験を行って6か月が経過した頃、ラットの状況に著しい改善がみられるようになりました。
研究者は何が起きたかを調べるために、ラットの脳を電子顕微鏡やその他の神経接続を可視化する技術によって観察をはじめました。
結果、移植された人間の脳細胞がラットの脳細胞との神経接続を確立していることが判明したのです。
また移植された細胞からの神経軸索は、脳の反対側、つまり細胞を移植しなかった半球にまで侵食し、広範な神経のつながりを生み出していました。
人間の脳細胞とラットの脳細胞のつながりが確認されたのは、今回の研究が世界で初めてです。
しかしラットに起きた脳卒中の改善が、人間の脳細胞との接続によるものかは、まだ断言できません。
そこで研究者は人間の脳細胞に事前に仕組んでおいた、活動スイッチをOFFにすることにしました。