冬季には「川魚」を捕食していた
ニホンザル(学名:Macaca fuscata)は、ヒト以外の霊長類の中で、最も寒い地域に生息する種です。
とくに、長野県の上高地や志賀高原の高標域にいる集団が、世界最寒地のコロニーとされています。
ニホンザル分布の最北は下北半島ですが、気温としては上高地や志賀高原の方が低いのです。
そして、コロニーの維持には、寒さの厳しい冬をいかに生き抜くかが重要であり、集団レベルのエサ資源が確保できねばなりません。
しかし、冬季は果実や陸生昆虫が姿を消すため、自然と資源が減ってしまう時期です。
そんな過酷な環境を上高地のニホンザルはどうやって切り抜けているのか、これまでよく分かっていませんでした。
そこで研究チームは、2017〜2019年の冬季3シーズンにわたり、上高地のニホンザルの糞(ふん)を集めて、何を食べているかを調べました。
同じ個体の糞が重複しないよう慎重に採取し、合計38の糞サンプルに含まれる食物のDNAを解析。
その結果、サケ科の川魚や水生昆虫(カワゲラやガガンボの幼虫)、甲殻類、巻貝類のDNAが発見されたのです。
一部に陸生のエサも見られましたが、多くは淡水域にいる水生生物のDNAでした。
糞サンプルの約半分(18/38)から水生昆虫・甲殻類の、2割弱(7/38)からサケ科魚類の、約4分の1(6/38)から淡水巻貝のDNAが検出されています。
これにより、上高地のニホンザルが、厳冬期に水生生物を食べている直接的な証拠が得られました。
ヒト以外の霊長類が河川に生息する魚類を捕食するケースは、世界初の報告です。
また、3シーズンにわたり安定して川魚のDNAが見つかったことから、衰弱(または死亡)して川辺に上がった魚をアクシデント的に食べたのではないことが伺えます。
離島などでは、ニホンザルが、漁場に捨てられた海産物や打ち上げられた魚の死骸をつまみ食いする様子が知られていますが、自然下で生きた魚を捕獲する例はありません。
多積雪域のニホンザル集団は他にも数多く知られていますが、冬季に川魚や水生昆虫を捕食する行動は知られておらず、上高地のコロニーに特有の習性であるとも考えられます。
それから、ニホンザルが実際に川魚を捕獲するシーンは見られていないため、現場での観察が今後の課題となるでしょう。