アーサー王と同時代のイギリス王家の墓が見つかる
アーサー王と同時代のイギリス王家の墓が見つかる / Credit: commons.wikimedia
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ひょっとするとアーサー王の墓? 同時代のイギリス王家の墓を大量特定!

2022.04.02 Saturday

Graves of dozens of kings from the time of King Arthur uncovered in Britain https://www.livescience.com/royal-british-graves-discovered The Royal Burials of 65 Celtic Kings Identified in England and Wales https://www.ancient-origins.net/news-history-archaeology/celtic-kings-0016542

このほど、伝説的な「アーサー王物語」と同時代に当たる、5〜7世紀のイギリス王家の墓が見つかった、と発表されました。

レディング大学(University of Reading・英)によると、王家の墓は、イギリスの西側(イングランド南西部とその北部ウェールズ、およびアイルランド)の約20カ所で、最大65基が特定されたとのこと。

これまで見過ごされてきた理由は、同時代にイギリスの東側を支配した異民族アングロ・サクソン人の豪華な墓と対照的に、かなり質素で飾り気がなかったからと指摘されています。

しかし、今回の発見により、あまり知られていない”アーサー王時代のイギリス史”が明らかになるかもしれません。

研究の詳細は、学術誌『Journal of the Royal Society of Antiquaries of Ireland』に掲載される予定です。

5〜7世紀の「アーサー王物語」は実話かフィクションか

伝説的な王としての「アーサー」の物語は、ジェフリー・オブ・モンマスが12世紀に書いた歴史書『ブリタニア列王史(Historiae Regum Britanniae)』によって世界的に浸透しました。

アーサー王は一般に、5世紀後半〜6世紀初めのブリトン人の王として伝わっています。

モンマスの書によると、アーサーは、ブリタニア王ペンドラゴンとコーンウォール公妃イグレインの子で、イングランド南西部・コーンウォール地方にあったティンタジェル城で生まれたという。

イングランド南西部・コーンウォールにある「ティンタジェル城址」
イングランド南西部・コーンウォールにある「ティンタジェル城址」 / Credit: ja.wikipedia

のちにアーサー王は、ヨーロッパ北部からイギリス東部に侵入してきた異民族「アングロ・サクソン人」の侵攻を撃退したと言われています。

しかし、モンマスも史実をもとにこの話を書いたわけではありません。

アーサー王の史実性を証明する記録は『カンブリア年代記(Annales Cambriae)』や『ブリトン人の歴史(Historia Brittonum)』に断片的に残されているのみです。

世に有名な「アーサー王物語」のほとんどは、後世の創作や民間伝承によるもので、次第に理想のキリスト教的君主として描かれるようになりました。

アーサーを導く魔術師マーリンや、円卓の騎士、聖剣エクスカリバーなど今に伝わる有名な挿話は、たいていフィクションです。

アーサー王の死を描いた19世紀の絵画
アーサー王の死を描いた19世紀の絵画 / Credit: commons.wikimedia

これにより、「アーサー王は実際に存在しなかった」と考える歴史家が多くいます。

その一方で、本研究主任でレディング大学の歴史学者、ケン・ダーク(Ken Dark)氏は「同名の実在する人物か、架空の英雄が、6世紀ころにイギリス西部で有名になった可能性は高い」と指摘します。

というのも、氏によると、同時代のイギリスやアイルランドの王族の間で「アーサー(Arthur)」という名前の使用が突然急増したことがわかっているのです。

これは、王族たちの名付けに影響を与えるほどの「アーサー」という理想の人物が何らかの形で存在していたことを暗示しています。

ところが問題は、アーサー王と同時代に存在したイギリス王族たちの墓が見つかっていないことです。

この謎を解明するべく、ダーク氏と研究チームは調査を開始しました。

次ページ王家の墓は「西が質素で、東が豪華」

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