アサシン(暗殺教団)はどのように誕生したのか?
アサシン(暗殺教団)はどのように誕生したのか? / Credit: jp.depositphotos
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The Real Assassin’s Creed https://www.heritagedaily.com/2022/06/the-real-assassins-creed/143870

2022.07.01 Friday

暗殺者(アサシン)の語源となったイスラムの「暗殺教団」誕生の歴史

「アサシン(Assassin)」は今日、要人の暗殺を手がける人物を指す言葉として、ゲームの名前にも使われるほど定着しています。

では歴史上、アサシン(暗殺者)がいつ、どこで生まれたのかはご存知でしょうか?

アサシンは元々、11世紀のイラン北部に出現したイスラム教の”暗殺教団”を指す名称として誕生しました。

そして、この暗殺教団の誕生の背景には、イスラム教における複雑な分派争いが絡んでいます。

ここでは、暗殺教団の形成から、その生みの親、「アサシン」という名称の由来まで、順に説明していきます。

アサシン誕生にいたる「イスラム教の分裂」の背景

西暦610年、預言者ムハンマドが神の啓示を受けて誕生したイスラム教は、632年になって最初の分裂に直面します。

ムハンマドの後継者に誰を据えるべきかで争いとなり、イスラム教徒は、少数派の「シーア派」と多数派の「スンナ派」に分裂します。

それから9世紀に入り、シーア派の中で再び、指導者に関する論争が勃発しました。

結果として、イスマーイールという人物を指導者として支持するグループが、シーア派内部で分裂し、独自の「イスマーイール派」を作ることになります。

のちにイスマーイール派は、エジプトのカイロを首都とするファーティマ朝を建国して、支配するまでに成長します。

イスラム教は後継者争いで複雑に分派している
イスラム教は後継者争いで複雑に分派している / Credit: canva

ところが、11世紀の終わり頃、ファーティマ朝を統治していた指導者が亡くなった際、その息子である2人の兄弟の間で後継者争いが起こります。

本来は、兄のニザールが後継者として有力でしたが、これを退けて、弟のムスタアリーが指導者として即位するのです。

その後、ニザールは処刑されてしまいますが、彼を支持していたグループがペルシア(現イラン)に逃れ、そこでイスマーイール派からさらに分派を形成します。

これが「ニザール派」です。

そして、このニザール派の最初の指導者となったのが、ハサン・サッバーフという人物でした。

このハサンこそ、アサシン(暗殺教団)の生みの親と言われているのです。

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