ピラミッドの資材はナイル川の氾濫を利用した?
ピラミッドの資材はナイル川の氾濫を利用した? / Credit: Alex Boersma/Proceedings of the National Academy of Sciences (2022)
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A Hidden Landscape We Can No Longer See May Explain The Mystery of The Pyramids https://www.sciencealert.com/a-hidden-landscape-we-can-no-longer-see-may-explain-the-mystery-of-the-pyramids Nile Riverbed Clues Help Explain The Mystery Of Egypt’s Pyramid Construction https://www.iflscience.com/nile-riverbed-clues-help-explain-the-mystery-of-egypts-pyramid-construction-65096
Nile waterscapes facilitated the construction of the Giza pyramids during the 3rd millennium BCE https://www.pnas.org/doi/abs/10.1073/pnas.2202530119

2022.09.01 Thursday

ピラミッド建設の石材は、ナイルの氾濫を利用した「水路」で運んでいた

クフ王の治世(BC2589〜2566年)に遡る「ギザの大ピラミッド」は、古代エジプトにおける最大の建造物です。

4500年が経過した現代の目から見ても、当時の技術力でどうやって建てたのか、よくわかっていません。

巨大な石材(1つあたり約2トン)を積み上げた方法もさることながら、もう一つ気になるのは「大量の石材をどのように建設現場まで運んだのか」という点です。

これまでの研究で、大ピラミッドの石材は、ナイル川の(今は存在しない)支流を利用して水路を拡張し、現場の近くまで運ばれたことが、専門家の間で認められています。

その一方で、ナイルの支流が水路として機能するには、高い水位が必要となりますが、ピラミッド建設当時のの水位を示す環境上の証拠は、これまで見つかっていません

しかし今回、仏エクス=マルセイユ大学(Aix-Marseille University)の研究チームは、「花粉」の化石を用いて、大ピラミッド建設当時の水位を明らかにすることに成功しました。

研究の詳細は、2022年8月29日付で学術誌『PNAS』に掲載されています。

花粉からナイル川の水位の変化を特定

ギザのピラミッドは、ナイル川中流の西側に位置
ギザのピラミッドは、ナイル川中流の西側に位置 / Credit: ja.wikipedia

ギザの大ピラミッドは、ナイル川中流の西岸に位置し、他のカフラー王(在位:BC2558年〜2532年)のピラミッド、メンカウラー王(在位:BC2532年 〜2504年)のピラミッドとともに、「三大ピラミッド」と呼ばれています。

また、考古学者らは以前から、当時のピラミッド建設者たちは、ナイル川から水路を拡張して、ギザの麓に港湾施設を整備し、毎年のナイルの氾濫を利用して、建築資材を運んでいたと考えてきました。

ギザのピラミッドは、今日のナイル川から西に約7キロも離れていますが、ボーリング調査により、ナイルの支流がかつて、ギザの付近まで伸びていたことを示す岩層が見つかっています。

それでも、建設当時のナイル川が、重い資材を積んだ荷船を浮かせるのに十分な水位を保っていたのか、という疑問が残っていました。

ギザの大ピラミッド
ギザの大ピラミッド / Credit: ja.wikipedia

そこで研究チームは今回、「花粉」の化石に注目し、古代のナイル川における水位の変化を明らかにすることにしました。

花粉は、古代の堆積物によく保存されており、現在とは異なる過去の気候や植生景観を復元するために使用されます。

チームは、「三大ピラミッド」の東側に位置する、ナイル川の氾濫原(はんらんげん:河川が洪水時に冠水する領域のこと)の5カ所から堆積物サンプルを採取し、そこから60種類以上の花粉を特定しました。

水色がかつて存在したナイルの支流、青色が今日のナイルの氾濫原のエリア、黄色がピラミッドのあるギザ台地
水色がかつて存在したナイルの支流、青色が今日のナイルの氾濫原のエリア、黄色がピラミッドのあるギザ台地 / Credit: Hader Sheisha et al., PNAS(2022)

これらの花粉を分析し、植物の繁栄と消滅の期間を追跡することで、年代ごとの水位の上がり下がりを明らかにしました。

その結果、約1万4800年〜5500年前の急激な降雨増加による「アフリカ湿潤期」に、ナイル川の水位が大幅に上昇したことが判明。

さらに、それ以降も比較的高い水位を維持しており、ギザの大ピラミッドが建設された約4500年前も、荷船が航行するのに十分な水位を保っていたことがわかりました。

当時の建設者たちは、この豊かな支流を利用して、水路をギザの麓まで拡張し、港湾群を築いたものと見られます。

ピラミッド建設時のイメージ
ピラミッド建設時のイメージ / Credit: Alex Boersma/Proceedings of the National Academy of Sciences (2022)

しかし、のちのツタンカーメン王の治世(BC1349年〜1338年)になると、ナイル川の支流は乾燥により徐々に水位が下がり、それ以後は荷船を運ぶための水路も消失したようです。

このように、ナイル川の支流が、ギザのピラミッド群の近くまで建設資材を運ぶのに役立ったことは確かですが、ピラミッドの建設については、まだ大きな謎が残されています。

ギザの大ピラミッドは、もともと高さ146.6メートル、総重量600万トン、230万個以上の石材が用いられ、内部には複雑な通路や墓室が作られています。

これを現代の高度な技術を使わずにどうやって建てたのか、現時点で確実な答えは出ていません。

やはり、この謎に答えない限り、ピラミッドの探求は今後も永遠に続いていくでしょう。

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