内臓が左右非対称になる仕組みを光ピンセットで起動することに成功!
内臓が左右非対称になる仕組みを光ピンセットで起動することに成功! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部
biology

生物の左右はどうやって生み出されるのか? 胚を刺激して内蔵を左右逆転で形成することに成功!

2023.01.12 Thursday

心臓は左、肝臓は右、私たちの体は外見こそ左右対称ですが、内臓の配置や形状の多くは左右非対称となっています。

しかし、たった1個の受精卵からはじまる私たちの体は、いったいどのようにして左右を区別できるようになれるのでしょうか?

米国のマサチューセッツ州総合病院(MGH)およびハーバード大学(Harvard University)で行われた研究によれば、ゼブラフィッシュ胚の底にある円形の細胞集団中央部の「動かない繊毛」を光ピンセットで引っ張ったところ、体の左側を決定する信号が発せられることが明らかになった、とのこと。

機械的引っ張りが体の左側を決める細胞信号に変換される過程が直接確かめられたのは、今回の研究がはじめてです。

研究内容の詳細は2023年1月5日に『Science』にて掲載されました。

Telling Left From Right: Cilia as Cellular Force Sensors During Embryogenesis https://www.massgeneral.org/news/press-release/telling-left-from-right-cilia-as-cellular-force-sensors 動物の左右決定に関わるカルシウムイオンの役割 https://www.riken.jp/press/2020/20200728_2/index.html 体の左右非対称性をもたらす繊毛の回転運動、その仕組みを解明 https://www.jst.go.jp/pr/announce/20100125/index.html 鞭毛/繊毛のはたらきと構造 https://structure.m.u-tokyo.ac.jp/summary-j/flagella/flagella.html
Cilia function as calcium-mediated mechanosensors that instruct left-right asymmetry https://www.science.org/doi/10.1126/science.abq7317 New insights into ion channel-dependent signalling during left-right patterning https://physoc.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1113/JP277835

体の細胞に左右を教える仕組みが存在する

動物の体には前後軸・上下軸・左右軸が存在します
動物の体には前後軸・上下軸・左右軸が存在します / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

私たちの体には頭部と尾部を結ぶ前後軸、背中と腹部を結ぶ上下軸、そして左右を決める左右軸が存在しており、受精卵から分裂して増えていく細胞たちは、これらの軸を意識しつつ、決められた場所に決められた形の内臓を作っていきます

これまでの研究によって、前後軸と上下軸が決められる仕組みは詳しく研究されてきましたが、左右軸を決める仕組みは解明が大きく遅れていました。

遅れていた最大の原因は、胚のなかで最初に左右差が発生する場所がわからなかったことにあります。

ノードは脊椎動物の胚の底側やや後方に存在するくぼみ状の細胞集団であり、内臓の左右非対称性形成のスタート地点となっています。右側は腹側から尾方向を下向きにして見ているため左右が通常よ逆に表示されています
ノードは脊椎動物の胚の底側やや後方に存在するくぼみ状の細胞集団であり、内臓の左右非対称性形成のスタート地点となっています。右側は腹側から尾方向を下向きにして見ているため左右が通常よ逆に表示されています / Credit:理化学研究所 . 動物の左右決定に関わるカルシウムイオンの役割

しかし1990年代以降、脊椎動物の胚の底側にあたる部分に存在する「ノード」と呼ばれるくぼみ状の細胞集団の中央部において、時計回りに回転する繊毛が発見され、細胞外の体液が右から左向きに流れていることが判明します。

顕微鏡でとらえたノード細胞。Aは頭側、Pは尾側、Rは右、Lは左。赤い矢印は水流の方向。ノードを腹側からみたもの。胚の左右は背側からみたものを基準とするので腹側からは左右の表記が逆になっている
顕微鏡でとらえたノード細胞。Aは頭側、Pは尾側、Rは右、Lは左。赤い矢印は水流の方向。ノードを腹側からみたもの。胚の左右は背側からみたものを基準とするので腹側からは左右の表記が逆になっている / Credit:科学技術振興機構(JST) . 体の左右非対称性をもたらす繊毛の回転運動、その仕組みを解明

またこの時計回りする繊毛を排除したり、体液の流れを物理的に止めたり逆流させることで、内臓の左右が逆転したり左右差が存在しない動物がうまれてくることが判明します。

背側からみたノードの模式図。脊椎動物の左右性の決定システムはどの種もよく似ている。
背側からみたノードの模式図。脊椎動物の左右性の決定システムはどの種もよく似ている。 / Credit:Rajeev Tajhya . New insights into ion channel-dependent signalling during left-right patterning (2019) . The journal of Physiology

似たようなノードでの体液の流れはさまざまな動物において発見されており、左右非対称性形成に重要な役割を果たしていると考えられています。

繊毛の基本的な構造。細胞は自分の左右がわからなくても設計図どおりにタンパク質を作れば、自然に右回転する鞭毛が形成される
繊毛の基本的な構造。細胞は自分の左右がわからなくても設計図どおりにタンパク質を作れば、自然に右回転する鞭毛が形成される / Credit:東京大学 . Kikkawa lab . 鞭毛・繊毛の働きと構造

繊毛の回転方向は繊毛を構成するタンパク質の形状によって決まるため、根元の細胞自身が左右を認識していなくても、繊毛をはやしさえすれば、左右軸を決める最初のステップを踏み出すことが可能となっています。

またこの最初のステップは「右から左を区別する第一歩」とも言い換えることが可能です。

クラゲやサンゴのような原始的な動物は外観も内臓も放射状になっており、左右の区別が存在せず、ある意味で全身が右であると言えます。

しかし私達人間を含め、動物たちの内蔵の配置は左右非対称です。

複雑な内臓を体内の限られたスペースに収めるため、左右の概念(左右軸)を獲得する必要があったのです。

元から時計方向に回転する性質のある繊毛を利用して、左右軸決定の最初のステップとしたのは実に合理的であると言えるでしょう。

ノード中央部の鞭毛が時計まわりに回転することによってうまれる体液の流れがノード周辺の細胞からはえている動かない一次繊毛に感知される
ノード中央部の鞭毛が時計まわりに回転することによってうまれる体液の流れがノード周辺の細胞からはえている動かない一次繊毛に感知される / Credit:理化学研究所 . 動物の左右決定に関わるカルシウムイオンの役割

近年になってからは、ノードの周辺部にある動かない一次繊毛が左向きの体液の流れを感知して、根元の細胞に左右軸の情報を与えている可能性が高いとわかってきました。

また根元の細胞に左右軸をおしえるにあたり、カルシウムイオンの細胞内への流入(カルシウム信号)が重要であり、カルシウム信号の合図によって「体の左側だけで働く遺伝子」が活動を開始することも判明しています。

つまり、①ノード中央部の細胞が時計回りする繊毛を生やす➔②体の右側から左側へ向けて体液の流れが発生する➔③ノード周辺部の一次繊毛が体液の流れを感知する➔④体液の流れを検知した細胞にカルシウム信号が発生➔⑤体の左側だけで働く遺伝子の活性化➔⑥左右非対称性の形成、という一連の流れが完成します。

しかし、この一連の流れにはミッシングリンクが存在していました。

というのもこれまでの研究では

「③ノード周辺部の一次繊毛が体液の流れを感知する➔④体液の流れを検知した細胞にカルシウム信号が発生する」

という部分では、状況証拠のみしか報告されておらず、直接的な証拠を得えられていなかったからです。

直接的な証拠を得るには、胚の他の部分に影響を与えぬように注意しながら、ノード周辺部にはえている一次繊毛だけをピンポイントで引っ張る必要があります。

ですが、一次繊毛の長さは1~5μmほどしかないため、ピンポイントで引っ張れるようなピンセットが造れなかったからです。

そこで今回、MGHとハーバード大学の研究者たちは光ピンセットと呼ばれる「光を使って物体を動かす技術」をゼブラフィッシュ胚のノードに対して用いることにしました。

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