黒死病を生き延びた祖先のDNAは現代人をコロナから守ってくれていた
黒死病を生き延びた祖先のDNAは現代人をコロナから守ってくれていた / Credit: canva
biology

かつて黒死病で生存率の高かった遺伝子は、新型コロナの呼吸器疾患に耐性があった!

2023.03.10 Friday

致死率の高いパンデミックは、流行ウイルスに弱い特定の遺伝子を一掃してしまいます。

では14世紀に黒死病というパンデミックを経験した人類は、その遺伝的影響を現代まで継承しているのでしょうか?

このほど、英ブリストル大学(University of Bristol)の最新研究は、黒死病の生存率に影響した遺伝子「ERAP2」を多く持つ人は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の呼吸器疾患に対する防御力が高いことを発見。

ただ、見つかったのはプラスの側面ばかりではありません。

同じ遺伝子は関節リウマチや炎症性腸疾患といった自己免疫疾患の増加に繋がるという負の側面があったのです。

研究の詳細は、2023年3月7日付で科学雑誌『American Journal of Human Genetics』に掲載されています。

Genes That Helped Us Survive Black Death Continue to Influence Our Mortality Today https://www.sciencealert.com/genes-that-helped-us-survive-black-death-continue-to-influence-our-mortality-today Genetic variation that protected against Black Death still helps protect against infection but increases autoimmune disease https://www.bristol.ac.uk/news/2023/march/black-death-study.html
Variation in ERAP2 has opposing effects on severe respiratory infection and autoimmune disease https://www.cell.com/ajhg/fulltext/S0002-9297(23)00052-6

「呼吸器疾患」には強いが「自己免疫疾患」にかかりやすくなる

黒死病とは、ペスト菌(Yersinia pestis)によって生じる感染症であり、1346〜1353年にかけてヨーロッパ全土で猛威をふるいました。

”史上最も死者の多いパンデミック”として知られ、当時のヨーロッパ人口の最大60%が命を落としたと言われています。

一方で、感染症は人類の遺伝子を変異させる上で最も強い選択圧の一つです。

実際、その後に起きた黒死病の流行時では、14世紀のパンデミックよりも死亡率が大きく低下しています。

これはもちろん、医療の発達や衛生状態の改善のおかげでもありますが、人類がペスト菌に遺伝的に適応したためでもあるのです。

黒死病による死者を描いた記録
黒死病による死者を描いた記録 / Credit: University of Bristol – Genetic variation that protected against Black Death still helps protect against infection but increases autoimmune disease(2023)

昨年の研究(Nature, 2022)では、14世紀の黒死病の発生前・発生中・発生後に亡くなったヨーロッパ人集団の遺骨から計516点のDNAサンプルを採取して解析しています。

すると、黒死病を生き延びた人には「ERAP2」という遺伝子が多く存在することが判明したのです。

実際、ERAP2を多く持っていた人は、そうでない人に比べて40〜50%も黒死病への生存率が高いという結果が出ています。

そこでブリストル大学の研究チームは今回、現代のヒト集団においても「ERAP2」が健康に何らかの影響を及ぼしているかを調べることにしました。

具体的には、「UKバイオバンク」「FinnGen」「GenOMICC」という3つの大規模データベースを活用し、それぞれに登録されている数十万人の遺伝子情報を調査。

ERAP2の存在と感染症および自己免疫疾患の発症リスク、両親の寿命との関連性を分析しました。

その結果、ERAP2遺伝子を多く持つ人は、新型コロナウイルス感染症のような呼吸器疾患のリスクが低いことが判明したのです。

これは黒死病を生き延びるのに役立った遺伝子が、今日のコロナパンデミックにおいて有利に働いていることを示唆します。

重篤な症状に陥った場合は非常に危険であることが知られている「COVID-19」ですが、現在この病気で重症化する人は非常に限定的です。

そのため多くの人は「COVID-19」を風邪と変わらないという認識で見ていますが、その裏には14世紀に黒死病で亡くなった大勢の人々の影響があるようです。

ただ、この遺伝子の影響はメリットのみではありませんでした。

14Cの黒死病の遺伝的遺産がコロナから守ってくれている
14Cの黒死病の遺伝的遺産がコロナから守ってくれている / Credit: canva

驚くべきことに、ERAP2遺伝子を多く持つ人は自己免疫疾患の発症リスクが高くなっていたのです。

自己免疫疾患とは、免疫系が正常に機能しなくなることで、体が自分自身を攻撃してしまう病気を指し、関節リウマチ炎症性腸疾患クローン病1型糖尿病などが含まれます。

つまり、ERAP2遺伝子は「呼吸器疾患への防御力は高めてくれるが、自己免疫疾患にかかりやすくする」というトレードオフの状態にあったのです。

感染症の専門家で研究主任のファーガス・ハミルトン(Fergus Hamilton)氏は「そのメカニズムの解明にはさらなる調査が必要ですが、これは同じ遺伝子が異なる病気に対して正反対の影響を持つという”平衡選択(balancing selection)”と呼ばれる現象の好例となる」と話しています。

この知見は、治療法を開発する際にも重要です。

たとえば、クローン病を治療するためにERAP2を標的とした研究がすでに進められていますが、それを標的とすることで他の病気に悪影響を及ぼす可能性があるため、慎重を期す必要があるでしょう。

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