失われつつある現代の「プルースト効果」。 無意識に流出する「記憶」を呼び戻す

psychology 2018/11/26
Point
・無意識的に記憶が思い出される現象を「プルースト効果」と呼び、芸術的創作にインスピレーションを与える
・脳の中の「海馬」という器官は、記憶を形成し保存する働きをする重要な器官だが、海馬自体に保存されているかは不明
・コンピュータやSNS依存の高まりにより、現代人の記憶力は低下し、「プルースト効果」は現れにくくなっている

紅茶に浸したひとかけらのマドレーヌの香りに誘われて、幼少期に家族で行った夏の休暇の思い出がふと思い出される―。

20世紀を代表する小説『失われた時を求めて』の冒頭に出てくるこの話をとって、無意識的な記憶の想起は「プルースト効果」と名付けられています。

無意識的な想起は、芸術創作の場において重要なヒントを与えてくれるとして、多くの芸術家に注目されています。しかし、インターネットが代わりに何でも覚えてくれる現代では、この「プルースト効果」が明らかに姿を消しつつあるのです。

記憶とは複雑なもので、科学的には複数の種類に分けられています。まず第一に、長期記憶と短期記憶です。長期記憶とは一種の顕在記憶であり、意思的に思い出すことができるものです。一方で、短期記憶は比較的短い間しか保持されず、潜在記憶となります。潜在記憶は突如として無意識的に思い出されるもので、プルースト効果で蘇るのはこの潜在記憶を指します。

さらに長期的な顕在記憶は、エピソード記憶と意味記憶とにわかれています。エピソード記憶とは、自身の経験に基づく自伝的な思い出の記録であり、意味記憶とは、例えば「フランス革命は1789年に起こった」というような一般的で教科書的な知識の記憶を指しています。しかし、このような記憶はどこに、そしてどのように保存されているのでしょうか。

記憶の研究に関する大発見は、1564年にまで遡ります。イタリアの医師であるジュリアス・シーザー・アランティウスは人間の脳を解剖し、脳幹の辺りに小さなミミズ状の組織が隆起しているのを発見しました。組織の形が、セイウチ(sea horse)に似ていたので、その器官は「海馬(hippocampus)」と名付けられました。

しかしながら、この重大な発見が陽の目を見るまでにはおよそ400年近くの年月を要します。1953年に、ヘンリー・モレソンというアメリカ人が、急なてんかん発作を起こし、海馬を除去する手術を受けました。てんかんは収まったものの、それと引き換えにモレソンの長期的な記憶力は永久に失われてしまい、新たに保存することができなくなりました。一方で、短期記憶は無傷のまま残っており、意思の疎通は可能でした。モレソンの症例は、記憶の形成(短期記憶)と保持(長期記憶)に海馬が必要不可欠であることを証明したのです。

海馬が記憶の中心的な機能であることに研究者たちは同意しているものの、記憶の保存器官であるかは謎のままです。記憶は私たちが引き出しからものを取り出すようにファイルの中にしまわれているといった考えが通説となっていますが、今ではもう少し違う見方がなされています。つまり、記憶は思い出すたびごとに再創造され、変化しているという考えです。

これは記憶の信頼度に関して不安になる主張かもしれません。なぜなら、もし思い出すたびごとに記憶が作られ、変化しているのならば、私たちはオリジナルの記憶を信頼していないということを意味するからです。ごく細部までとはいかないですが、ある程度、私たちは記憶を信頼することができます。しかし、記憶を全面的に信頼することはできないでしょう。

例えば、自伝的な伝記を書くようなものです。作者は、まず基本的な事実を取り出して、つぎにその間をイマジネーションによって埋め合わせていきます。それは私たちが記憶に対して行っているものと同様です。つまり、記憶を思い出すということは、物語をつくるのと同じくらい創造的な行為なのです。

教科書も携帯もなかった時代、人々は記憶を使って物事を覚えなければなりませんでした。現代に生きる私たちは、暗記をコンピューターに任せることで記憶力が明らかに低下しています。この傾向は長期記憶の発達に、つまりは過去の経験を思い出すことに悪影響を及ぼしています。

また、ソーシャルメディアへの依存が、エピソード記憶の無意識的な流出を阻害してしまうことも懸念しなければなりません。エピソード記憶は、私たちの芸術的創作にインスピレーションを与えてくれます。エピソード記憶の無意識的な流出が、私たちをプルースト効果へと導いてくれるのです。

そして、記憶は未来を予期することにも大きな役割を果たしています。例えば、動物は自らの天敵となる生き物の居場所を覚えておく必要がありますし、過去の失敗を忘れることは命の危険へとつながります。なぜこのような時間経過に関する有用な記憶が発達したのかは定かではありませんが、おそらく記憶は過去の中へ身を置くよりもむしろ、未来への準備に大きな価値を見出したのでしょう。

 

人間の特徴して見られるのは、私たち自身を未来の内に置く能力、つまり現在の状況が引き起こすかも知れない結果を予測する能力です。ですから、記憶は単なる貯蔵ではなく、将来への投資のための金庫でもあります。時には瞑想や思索にふける時間を設けて、内なる自己に目を向けてみましょう。思いもよらぬアイディアが降ってくるかもしれません。

 

40%の人が幼少期の「架空の記憶」を持っているという研究

 

via: theguardian / translated & text by くらのすけ

 

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