生きたまま人間の皮を剥ぐ儀式「シペ・トテック」神を祀る寺院の遺跡を発見

history_archeology 2019/01/04
Point
■「シペ・トテック」という豊作の神を祀る寺院と遺物が、メキシコのプエブラ州にある発掘所で発見
■「シペ・トテック」を祀る儀式は、生きたまま人間の皮を剥いで司祭が身につけて踊るというもの
■寺院が建立された時期は、およそ1000〜1260年頃で、要するに生贄儀式はアステカ文明以前に始まっていた

歴史的闇深案件です。

15世紀にメキシコで栄えたアステカ文明は、生きたまま心臓を取り出すなど過激な人身御供の儀式を行っていたことで知られています。

しかしこの生贄儀式を始めたのは、どうやらアステカ文明「以前」の人々だったようです。

メキシコの考古学研究機関である「INAH(=Instituto Nacional de Antropología e Historia)」が、アステカ神話に登場する「シペ・トテック(Xipe Tótec)」という神を祀る寺院の遺跡発見に成功しました。発掘された遺物には、儀式に使用される2つの祭壇と「シペ・トテック」神を型どった1つの胴体と2つの頭部の像が含まれています。

豊穣の儀式の恐ろしい中身とは

研究チームによると、この寺院が建造された年代はおよそ1000年〜1260年の間。つまりアステカ文明以前の時代であり、「シペ・トテック」を祀った世界最初の寺院である可能性がきわめて高いとのことです。

遺物が発見されたのは、メキシコ中南部に位置するプエブラ州の「ポポルカ・インディアン発掘所」。寺院は、横幅がおよそ12mで高さ3.5mに及ぶサイズで、当時この地に住んでいたポポルカ族によって建てられたと考えられています。

そして、このポポルカ族が祀っていたのが「シペ・トテック」神です。「シペ・トテック」とは、「皮を剥かれた我らが主」という意味を持ちます。

作物の豊穣や死と再生の象徴であり、春の季節になると毎年(アステカ暦の2月22日から3月13日の間)行う豊穣の儀式にて「シペ・トテック」に生贄の生皮が捧げられました。

生贄には、罪を犯した囚人や戦争の捕虜が選ばれ、生きたまま全身の皮を丁重に剥がされます。剥いだ皮は司祭が身にまとい、豊穣を祈るため数週間にわたって踊り狂います。

また、生贄の心臓も、「シペ・トテック」への貢物としてナイフで体内から抜き取られたようです。

今回発見された「シペ・トテック」の偶像は、生贄の儀に使用されていたと同研究チームのノエミ・カスティロ氏は指摘しています。「シペ・トテック」の胴体像はおよそ85cmのサイズで、少し欠損している部分は見られるものの、比較的良好な状態を保っています。

胴体の腹部には穴が空いており、そこに「シペ・トテック」に命を宿す儀として緑色の石を置いていたとみられています。

特筆すべきは、像の左腕に裏返しになった右手がぶらさがるようにくっついていることです。カスティロ氏によると「これは彫像の失敗ではなく、神が生贄となった人の皮を身に着けている証」とのこと。その印に、像の背中には人間の皮をつなぎとめていることを示すホックのような装飾が施されています。

そして「シペ・トテック」の頭部を示す2つの像は、高さ70cm、重量はそれぞれ200kgもあります。これらは2つの祭壇の前にある穴を塞ぐために用いられ、穴の中には剥いだ人間の生皮が供えられていました。

こうした特異な儀式の象徴である「シペ・トテック」神は、アステカによって征服されたあと、アステカ文明自身によって受け継がれ、メソアメリカ中に広まっていったと考えられています。

 

現在、発見された遺物はすべて専門の研究所へと移送され、公式な遺跡登録と精密なデータ解析が行われています。今回は、「シペ・トテック」を祀る儀式がアステカ文明以前に開始されたことが分かったものの、生贄の習慣はそれよりはるか前のマヤ文明がすでに行っていたという話もあるようです。詳細は結局藪の中というわけで、南米の闇はまだまだ深そうです。

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reference: bbc, dailymail / written by くらのすけ

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