がん細胞になる前に止める「新たな仕組み」が見つかる

■テロメアが短い危険な状態でも細胞分裂を続ける状態をクライシスという
■クライシスに陥った細胞は細胞死によって、がん化を防ぐ仕組みが存在する
■今まで、アポトーシスによると思われていたクライシス時の細胞死が、実際は自食によるものだったことがわかる
靴ヒモの先にはプラスチックの覆いが付いていて、紐がほつれるのを防いでいます。それと同じ仕組みなのが、遺伝子が収められている染色体に存在するテロメアです。テロメアは、分裂を繰り返す細胞内の染色体同士が融合するのを防ぐ役割をしています。
しかし、靴紐のプラスチックが無くなるとヒモがぐちゃぐちゃになるように、テロメアがなくなるとがん細胞が生まれてしまうのです。
テロメアとがん化の関係を調べていた研究者たちが、今回驚くべき発見をしました。細胞を分解してエネルギーとして再利用する「自食」と呼ばれる仕組みが、実は細胞死を誘発し、がんの発生を抑えていることがわかったのです。また、自食が全く新規のがん抑制系であったことがわかったことで、がんの進行を抑えるために自食を防ぐことは、がんの初期段階では逆にがん化を促進している可能性が示されました。
研究は「Nature」で発表されています。
https://www.nature.com/articles/s41586-019-0885-0
自食がガンを抑制するものだとは予想されていなかったため、発見は驚きをもたらしました。
細胞分裂でDNAが複製されるごとに、少しずつ短くなっていくテロメア。テロメアが染色体を守れなくなるほど短くなると、細胞は分裂を止めるようにシグナルを出します。
しかし、ガンを引き起こすウィルスや他の要因によって、細胞がシグナルを受け付けずに分裂を続けることがあります。危険なまでに短くなったテロメアのまま分裂する細胞は、クライシスと呼ばれる状態に入ります。先端がテロメアによって保護されていない染色体が、融合してがんの特徴の一つである機能障害を起こすのです。
クライシスは幅広い細胞死につながることが多く、がん化直前の細胞ががん細胞になるのを防いでいます。しかし、そのメカニズムについてはよくわかっていません。
今まで、クライシスによる細胞死はアポトーシスと呼ばれる「プログラムされた細胞死のメカニズム」が使われていると思われていました。しかし、実験的にそれを確認する研究は行われていませんでした。
自食による細胞死抑制で細胞が無尽蔵に増殖
クライシスとそれに続く細胞死を研究するため、健康な人の培養細胞を使って、通常の増殖を続ける細胞とクライシスに陥っている細胞の比較を行いました。
アポトーシスと自食のどちらが、クライシスにおける細胞死を引き起こしているのかを確かめるために、それぞれのメカニズムで見られる形態的、あるいは、生化学的指標を調査。通常の成長を行っている細胞では、どちらのメカニズムによる細胞死も少数しか見受けられませんでした。しかし、より多くの細胞死の起こるクライシスでは、自食による細胞死が圧倒的に多いことがわかりました。
次に、クライシスにおいて自食ができない場合どうなるかを調べました。その結果は衝撃的でした。自食による細胞死が抑制されると、細胞は無尽蔵に増殖したのです。さらに、その細胞の染色体を調べた所、融合や変容がおこっており、がん細胞で見られるような深刻なDNA損傷が見られたました。つまり、自食は初期のがん形成を抑える重要な役割を持っていたのです。
最後に、人為的にDNAの損傷を、テロメア領域と内部領域に入れるとどうなるかを調べました。すると、テロメアがなくなった細胞では自食が活性化し、染色体の他の領域にダメージが有るとアポトーシスが活性化していることがわかりました。つまり、がん形成の初期に細胞死を引き起こしているのは、アポトーシスだけではなく、テロメアとの直接のクロストークによる自食でもあることが示されたのです。
自食は、飢餓状態でのエネルギー供給のための仕組みであると考えられるため、いままで、がんの進行を抑える働きがあるとは思われていませんでした。それどころか、がん細胞へのエネルギー供給を抑えるために、自食を抑えるという方法さえあります。もちろん、がん細胞に与えるエネルギーを減らすアプローチは、がん化が進行した後では有効です。しかし、がん化が進んでいない初期では、逆にがん細胞を増やすことにつながるということがわかったのです。
今後の研究では、自食とアポトーシスの経路の違いを詳しく調べるということです。研究が、新たながん治療や、がん予防につながることを期待しましょう。