アレキサンダー大王の死の謎が明らかに。死亡判定から6日間は生きていた!?

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Credit: wikipedia / アレキサンダー大王とその家族
Point
■アレキサンダー大王の死因はギラン・バレー症候群だったという説が浮上
■ギラン・バレー症候群で起きる軸索神経障害によって、意識の混乱や無意識などが現れずに亡くなった可能性
■死後6日間遺体の腐敗が進まなかったのは、アレキサンダー大王がこの時点でまだ生きていたため

20歳の若さでマケドニア王国の王位を継承し、メソポタミア全土とエジプト、インド地域を傘下に入れたアレキサンダー大王。32歳でその短い生涯を終えるまで、驚異的な強さで大帝国の版図を広げ続けた歴史的英雄として知られています。

「負け知らず」だった彼が若くして亡くなった原因について、感染症、アルコール依存、殺害といったさまざまな説が、これまで唱えられてきました。そして2300年以上の時を経た今、その真相がついに解明されようとしています。

ニュージーランドのオタゴ大学で薬学を研究するキャサリン・ホール氏が、アレキサンダー大王の死因は、ギラン・バレー症候群という神経障害の一種だったとする説を発表。ギラン・バレー症候群は、身体の免疫系が末梢神経系を攻撃する障害で、初期は脚や腕などの筋肉が衰弱し、刺すような痛みが現れます。進行とともに症状が悪化し、その範囲が広がると、やがては身体全体が麻痺して呼吸さえ困難になります。

論文は1月9日付けで「The Ancient History Bulletin」に掲載されました。

大王は神様? 6日間腐敗しなかった死体の謎

ホール氏によると、従来の説はいずれも、アレキサンダー大王の死を取り巻く現象の全体を十分には説明していないとのこと。実は、アレキサンダー大王の遺体は、死後6日間、腐敗する兆候が現れなかったという記録されているのです。古代ギリシアの人々はこの不思議な現象を目の当たりにし、「アレキサンダー大王は神だった」証拠だと考えましたが、ホール氏の研究によって、より「現実的な」答えが初めて得られそうです。

また、亡くなる前のアレキサンダー大王の身体には、発熱や腹部の痛み、進行性の麻痺が全身に生じましたが、死の直前まで精神には異常が現れませんでした。アレキサンダー大王の死因に関する議論の多くは、発熱や腹部の痛みだけに焦点を当て、彼の精神が死の間際まで健全だったことにはほとんど注意を払ってきませんでした。

ホール氏は、アレキサンダー大王が、ギラン・バレー症候群の症状の一種である運動神経における急性の軸索神経障害を発症し、麻痺が現れたのにも関わらず、意識の混乱や無意識などの症状が現れなかったのではないかと推測しています。

ギラン・バレー症候群とは

カンピロバクターピロリ感染によって発症するギラン・バレー症候群の症状は、歴史学的観点と医療的観点の両方から、アレキサンダー大王の死を取り巻く要素とぴったりと一致すると、ホール氏は考えています。

さらに、当時は死亡判断が難しく、脈よりも呼吸があるかどうかで診断がなされていたことが、アレキサンダー大王の死の謎をさらに深めたようです。麻痺や必要な酸素量の低下が、呼吸の有無を分かりにくくしました。さらに、体温の自動調節機能が失われたことで体温が低下し、瞳孔が開いたまま固まったことが、死亡判定へと繋がったのでしょう。

「遺体」の腐敗が進まないことは、人々の目に奇跡のように映ったかもしれませんが、実のところアレキサンダー大王はこの時点ではまだ生きていたのです。

アレキサンダー大王は、複雑な精神を持つ伝説のヒーローとして、世界中の人々の心を捉えてきました。このため、彼の死に関する多くの分析には常に、彼という人物を過度に高く評価しようとする欲目が伴ってきたのかもしれません。

新たに浮上した「ギラン・バレー症候群死因説」が、これまでバラバラだった多くの要素を、筋の通った一つの完全体にまとめてくれそうです。ホール氏は、可能であれば、歴史書に記されたアレキサンダー大王の死亡日を6日後に書き直したいと語っています。

アレキサンダー大王のミステリアスな死は、歴史的記録に残るもっとも著名な「死亡の誤診」の例と呼ぶことができそうです。

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reference: phys.org / translated & text by まりえってぃ
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