人類の偉大な一歩を体験できる『ファースト・マン』が特別な理由をレビューしてみた【ネタバレ無し】

culture 2019/02/13
Credit: universalpictures

かつてない宇宙映画が誕生しました。今までの宇宙映画を「見守り型」とすると、本作は完全なる「ライド型」といえるでしょう。

2月8日から日本公開が始まった映画『ファースト・マン』、監督は『セッション』『ラ・ラ・ランド』など新作発表のたびに話題を呼ぶ若き天才、デイミアン・チャゼル氏です。

物語の主人公ニール・アームストロングは、人類初の月面着陸を成功させた人物として世界中に知られています。しかし意外にも、アームストロングを主人公に据えた作品は今回が初めて。映画化が難航した裏には、アームストロング自身の人となりが関係していたのです。

いくつもの要因が相まってスペシャルな存在となった本作ですが、こうした映像のマジックの正体は一体何なのでしょうか?

 

 

【あらすじ】
冒頭で語られる最愛の娘の死。ニール・アームストロングは、悲しみを振り払うかのように、NASAの「ジェミニ計画」に志願する。過酷なミッションの中で命を落としていく仲間たち。続くミッションの失敗に国民からのバッシングは高まるばかり。さらに、愛する娘の影に苛まれるニール。そして、彼は、人類がいまだ成し得ていない「月面着陸」へと挑むことになるのだが…。

なぜ今まで映画化されなかったのか?

世界中の誰もが知る人類の偉業が、これまで映画化されなかったのにはワケがあります。それは、ニール・アームストロング本人の人柄が原因でした。

彼は、残した偉大な功績とは裏腹にその性格は控えめで謙虚、目立つことを嫌い、感情を表に出さない秘密主義な人物だったのです。

こうした人物をドラマチックに描くのは至難の業です。さらに、自分だけにスポットが当たることを嫌うニールが、映画化の話を拒み続けたのは自然の流れでしょう。本人から承諾を得られたのは、ニールが晩年になってからのことでした。

それでもニールの冷静さは、危険なミッションをやり遂げるに当たって一番重要な資質だったことも確かです。

ただ、いつも冷静で無表情な人物だと、観ている側はどうしても感情移入しづらいもの。そこでチャゼル監督は、アームストロング役のライアン・ゴズリングにカメラをベッタリと近づけて撮影する手法を採りました。

まるで守護霊のごとくニール・アームストロングに”取り憑く”ことで、観客は否が応でも彼を肌で感じることになるのです。「絶対感情移入させる」という監督の強い意志を感じます。

「見守り型」vs「ライド型」

『アルマゲドン』にせよ『アポロ13』にせよ、これまでの宇宙映画は、過酷なミッションを外側から「見守る」感覚がどうしても強くなります。「惑星の壮大な景色」や「優雅に舞う宇宙船」、それから「白熱する管制チーム」などは、やはり俯瞰した映像のほうが観ていて応援したくなりますよね。

しかし『ファースト・マン』に応援する余裕はありません。なぜなら、本作は強烈な「ライド感」を観客に要求する作りになっているからです。宇宙空間の優美な景色などはまったくなく、代わりに映されるのは、飛行士たちの顔のドアップや、機体の小さな窓越しから見える宇宙の暗闇ばかり…。

ところが、それによって映像の圧迫感や船内の閉塞感、飛行士の呼吸音、機体の振動がダイレクトに伝わってきます。これは過酷なミッションを外から見守る映画ではなく、ロケットに同乗して追体験する映画なのです。

起死回生の「月面着陸」

NASAの「月面着陸」はとにかく問題が山積みで、ミッションの存続も危ぶまれる中で行われました。

当時、アメリカはソ連との熾烈な宇宙開発競争において、ほとんどすべての面で遅れを取っていました。1957年にソ連が打ち上げた人工衛星「スプートニク1号」の成功は、NASAが創設されたキッカケでもあります。また、有人飛行でもガガーリンの乗った「ボストーク1号」に先を越され、「EVA(船外活動)」を成功させたのもソ連が最初だったのです。

こうして苦杯をなめ続けたNASAは、ソ連もいまだ成し遂げていない「月面着陸計画」を打ち立てます。しかし危険な任務の中で、ニールは次々と仲間を失っていきます。また度重なる失敗により、国民から「税金を無駄にするな!」と大ブーイングを受け、NASAは窮地に追い詰められてしまうのです。

「アポロ計画」とは、そんな崖っぷちの中でのチャレンジでした。

運命の瞬間、あなたも「ファースト・マン」に!

本作の見せ場となる「アポロ11号」の打ち上げシーン。チャゼル監督はロケット発射時の轟音の再現にこだわり、「ライオンの雄叫びや馬の疾走する蹄の音を織り交ぜた」と話しています。ここにも監督の並々ならぬこだわりを感じますね。

そして、いよいよ月に降り立つ運命の瞬間がやってきます。ここでもまだ、観客の視点は狭苦しいコックピットの中に閉じ込められたままです。そこから、小さな船内を通り抜けて、月へとつながるハッチまで連れて行かれます。

この月への扉を開けた瞬間は、ぜひとも劇場で体感して欲しいシーンです。音という音が一瞬にして宇宙空間に吸い込まれ、すべてが無音の状態に帰るのです。それから、視点は狭い機内から、広大な月面上へと吹き抜けていきます。

これは本当に、ぜひ劇場で体験していただきたい。

もっとも地上に帰りたかった月の男

家族にも本心を見せないニールが、劇中で唯一感情を吐露させるのが冒頭の「最愛の娘の死」のシーンです。部屋に閉じこもって、一人涙を流します。

娘の死後、何かに取り憑かれたように危険なミッションに打ち込み、天上を目指すニール。それと同時に、地上に残された家族から気持ちが離れていっているようにも見えます。

しかし表情は冷静でも、ニールが宇宙空間で流した音楽、そして月面上で目にしたものを知れば、彼がどれほどホーム(家庭)に帰りたいと願っていたのかが、痛いほど伝わってくるのです。

ニールは、関係者に対し「アポロ計画が成功したのは、多くの人の犠牲と尽力があったからだ」と何度も繰り返し口にしていたそうです。こうした謙虚な心が、あの名言「この一歩は、一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」という言葉を生み出したのでしょう。

映画『ファースト・マン』は、全国にて絶賛公開中です。気になった人は、ぜひニールと一緒に「アポロ計画」に参加しにいきましょう!

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written by くらのすけ

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