私たちの「意識」はどこから来たのか?その起源は「食べ物」かも

biology 2019/04/14

私たちは「意識」について、感覚的には理解しています。

それは、今ここで「あなたが経験しているもの」です。

しかし厳密にどんなものかを探ろうとすると、なかなか答えは見えてきません。

それは私たちに勉強が足りないからではありません。哲学者や科学者たちでさえも、その答えを求めつつも未だに正解にたどり着けていないのです。

人間を構成する他の多くの要素と同じように、私たちは進化の過程で「意識」というものをより複雑なものへと変えていきました。

数億年という歴史の中で細かなステップを踏むことで、私たちの中にある現在の「意識」が生み出されていったのです。

それでは、もともとは違う形をしていた意識が、現在の私たちの中にある複雑な意識へと変化を遂げるための最初のステップとは、いったい何だったのでしょう?

生物にとって生きていく上で欠かせないもの、それは「エネルギー」です。

この事実は意識と関連が深く、もともと意識は生物が不足したエネルギーを補うために、移動することを目的として備わった機能であると考えられています。

スケールの小さな世界で生きる生物は、食べ物を探すために意識を必要としていません。

「Trichoplax adhaerens」は、この世で最もシンプルな構造をした動物の1種であり、その行動は食べ物の前で減速し、食べ物がないときは加速するといった行き当たりばったりのものです。

つまり、Trichoplax adhaerensに特定のターゲットを狙うといった「意識」はなく、それは彼らが周囲の環境さえも意識する必要がないことを意味しています。

次に例にあげる「Dugesia tigrina」は、ユニークな顔で知られる小さな蠕虫(ぜんちゅう)です。

Dugesia tigrinaには、空腹時とそうでないときがあります。

これはつまり、Dugesia tigrinaが空腹といった内部環境の変化によって、自らの行動を促しているということです。

お腹が空くとDugesia tigrinaは、頭部の化学受容器を用いることでおいしいニオイを嗅ぎ分け、食べ物に接近します。

しかし、視覚を持たない生物は対象物が見えておらず、自分がどこに向かっているのかといったことに対する意識を持っていません。

距離の離れた目標物に到達するためには、視覚を用いた新たなレベルの意識が必要となります。

「視覚」は私たちの世界に奥行きをプラスすることで、新たな意識の次元を与えてくれるものです。私たち人間のような生物は、「目」などの光学装置を用いることで目標を可視化し、ロック・オンすることができるのです。

しかし、このステージにまで達したとしても、実際に食べ物を見ることができない場合はエサにありつくことができません。

次なるステージは、ついに私たちの「内側」に入ります。

もし食べ物が目に見える範囲になかった場合、私たちは内なる世界で想像力を働かせます。そうすることで、知覚で感じ取ることができない場合でもなお、獲物を追うことができるのです。

こうした私たちの「内側」の働きにより、私たちは五感で目標物を感じられない場合でも、食べ物と、それを得るための欲求にフォーカスすることができるということです。

こうした「記憶」に関連する理論として、「対象の永続性」と呼ばれるものがあります。

対象の永続性とは、物が視界から消えても、それは対象がこの世から存在を消したわけではないといった事実を理解できる能力を指し、この能力を持っている動物もいれば、持っていない動物もいます。

この能力を持つようになるまで、人間の赤ちゃんではおよそ8ヶ月、ヒヨコの場合は1~2日を要すと言われています。

視界から対象物が消えても、その存在を感じられるという事実は、それが「時間」という概念の少なくとも基礎的な部分を理解しているということになります。そしてそれこそが、今の私たちが持つような「意識」につながる大きなステップとなります。

時間を意識できるということは、「未来」に対して目を向けられることを意味しており、たとえばニワトリは、今目の前にあるエサを我慢すれば、未来でさらに多くのエサを得られることが分かっている場合に、今の欲求を抑えることができます。

ちなみにその選択は、大人の人間であっても簡単にできるものではありません。

自然界の中には、こうした「我慢」のエキスパートが存在しています。

「Western scrub jay」と呼ばれる鳥は、後で食べるためにエサを隠すことで知られており、盗っ人がそのエサを狙っていることに気がついた場合には、1度その場所からエサを遠ざけ、再び隠す行為をするといった周到さも持ち合わせています。

これは、彼らが「他にもエサを狙っている仲間がいる」ということを理解しており、その「他の仲間の視点」から物事を考えられていることを意味します。

これは言い換えると、彼らが仲間に対してある種の「マインド・リーディング」をおこなっているということになります。

そしてこのマインド・リーディングの能力は、より複雑な意識のレベルで不可欠なものです。

相手の立場に立って考えることで、競争相手を出し抜くことや、仲間に対する同情をすることが可能になるのです。

そしてそこに「言語」が用いられるようになると、マインド・リーディングの精度は著しく向上し、生物は言葉によってこの世界の事象について「仮説」を構築することができるようになります。

つまり、言葉によって他者とコミュニケーションを図り、未来へのプランを立てることができるようになるということです。

それでは、結局のところ「意識の起源」とはいったい何なのでしょう?

それはおそらく、飢えをしのぐために食べ物の方向へと向かう「意識」からスタートしたものであり、まったく動かない者やランダムに動く者との競争の末、「意識」を使って食べ物へとたどり着いた者がサバイバルに勝ったのです。

そのため、宇宙への夢を思い描いたり…超高層ビルの建築を可能にしたり…小説にのめり込んだりー。

どんなに今を生きる私たちの「意識」が洗練されたものであったとしても、私たちは次の食事のことを考えずにはいられないのです。

しかし、現代を生きる私たちは幸運です。食べ物を探し当てるために「意識」の力を使う必要はほとんどないのですから。

こうして進化の過程で姿を変えてきた「意識」というあいまいな存在ですが、もとをたどれば生きていくためのエネルギーを得るためのものであったことが分かります。

そのエネルギーをほとんど使う必要がなくなった今の世の中で、人間の「意識」は未来でどのように変化していくのでしょうか?いずれにせよ、意識が変化し続ける限りは、「意識とは何なのか?」といった問いへの明確な答えが導き出されることはないでしょう。

 

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