「出産楽しい」71年間、痛みも不安も感じなかった女性の遺伝子が解明される 

biology 2019/03/29
Credit: depositphotos
Point
■身体の痛みだけでなく、心の不安や苦痛もほとんど感じない女性の遺伝子を調査
■脳内麻薬物質「アナンタミド」を分解するFAAH遺伝子の働きが抑制されているだけでなく、機能も損失
■痛みが持つ「警報装置」としての働きが過度になることで生じる慢性疼痛などを解決するヒントが得られた

擦りむいた膝がズキズキ、腹痛でお腹がシクシク…。

世の中には、こうした怪我や病気による身体の痛みを感じない人々がいます。スコットランド在住の71歳の女性ジョー・キャメロンさんもその1人。彼女は身体の痛みだけでなく、なんと心の不安や苦痛もほとんど感じることがないそう。さらに60代に入るまで自分が普通の人と違うことに気づかなかったといいます。

「痛みを感じないなんて、うらやましいな〜」と思ったそこのあなた。とんでもありません。実は、痛みは生きていく上でとても重要なのです。

痛みを感じられなければ、やけどをしても、足首をひねっても、それに気づくことができません。雑誌「British Journal of Anaesthesia」に掲載された論文によると、キャメロンさんの特異体質には2つの遺伝子変異が関連しているそうです。

Microdeletion in a FAAH pseudogene identified in a patient with high anandamide concentrations and pain insensitivity
https://bjanaesthesia.org/article/S0007-0912(19)30138-2/fulltext

腕が焦げても、出産しても痛くない… 特に疑問を持たずに長年が経過

調査のきっかけは、キャメロンさんが5年前に受けた手の手術でした。術後の痛みを感じない様子の彼女に驚いた医者が、専門家による遺伝子分析を受けるよう推めたのです。

「思い返してみれば、私は痛み止めを必要だと考えたことなんてありませんでした。でも、痛み止めが必要でなければ、それがなぜかなんて考えないでしょう。私が疑問に思わないことを誰かが指摘してくれるまで、ありのままの自分でいるだけ。私は、自分の何かが人と違うことに気付いていないハッピーな人間だったのよ」と語るキャメロンさん。

Credit: pixabay

これまで、コンロの上で自分の腕が焦げていることに、肉が焼ける臭いがしてくるまで気づかなかったことも。また、出産の際もまったく痛みを感じず、「とても楽しかった」と振り返ります。

FAAH遺伝子の抑制と機能損失により「アナンタミド」が通常の2倍に

分析の結果、2つの遺伝子変異が発覚しました。1つ目は、体内でアナンダミドと呼ばれる物質を分解する役割を持つFAAH(脂肪酸アミド加水分解酵素)遺伝子の働きが抑制されていたことです。

アナンタミドは、快感などに関係する脳内麻薬物質の1つとして働きます。アナンタミドの分解が適切に行われなければ、痛みや不安を和らげる働きが過度になります。

2つ目は、DNA情報が欠けた、つまり機能がほとんど損なわれたFAAH遺伝子の存在です。専門家は、この偽遺伝子をFAAH-OUTと名付けました。FAAH遺伝子の抑制は多くの無痛症患者に見られる特性ですが、FAAH遺伝子自体の機能が失われているケースは、キャメロンさんが初めてでした。

Credit: pixabay

これら2つの特性が独自に組み合わさった結果、キャメロンさんの体内では通常の人の2倍以上のアナンタミドが生産されていました。その結果、痛みや不安が減少する一方で、幸福感や忘れっぽさが増し、なんと傷の治りまでもが早くなっていたのです。

「警報装置」の過剰反応を抑える研究に新たなヒント

実際、キャメロンさんの傷は異常なほどに早く修復します。また、心配や恐怖を感じることもまったくない彼女は、ストレスチェックのスコアはいつも最下位です。

自らの忘れっぽさについては、以前から自覚があったようで、「(物事を忘れることは)多くの点では良いことだけど、そうでない場合もあるわ。私は、他の人達が感じる警報を感じることができないの」と説明しています。8歳で腕の骨を折った時は、腕がおかしな方向に曲がるまでそのことに気づかず、交通事故に巻き込まれた時も、相手のドライバーを慰めようと落ち着いた足取りでそばへ歩み寄りました。

Credit: pixabay

痛みが持つ「警報装置」としての役割は身の安全を守る上で重要ですが、その働きが過度になると慢性疼痛などの問題を引き起こします。従来の研究は、FAAHの抑制に焦点を当ててきましたが、今後はFAAH-OUTの仕組みにも目を向けることで新たな道筋が見えてくるかもしれません。

それにしても、身体的な痛みだけでなく、精神的な痛みも感じられないなんて、不思議ですね。もしかしたら、実際には不安や恐怖を感じていても、身体的な痛みを経験したことが無いために「痛み」の概念を持たず、痛みとして認識できないということなのかも?

キャメロンさんの周囲の家族や友人が、彼女の性格をどう捉えてきたのかも気になるところですね。いつも前向きでハッピー、かつ強靭なメンタルの持ち主だと思われてきたのでは…。

 

reference: sciencealert / translated & text by まりえってぃ

SHARE

TAG

biologyの関連記事

RELATED ARTICLE