燃え盛るノートルダム大聖堂から「聖遺物」を救い出した神父

religion 2019/04/18
Credit: ロイター
Point
■パリのノートルダム大聖堂で大火災が起こり、保管されていた歴史のある聖遺物や宝物が消失の危険にさらされた
■ジャン・マルコ・フルニエ神父は、燃えている大聖堂へと飛び込み、聖遺物「いばらの冠」や御聖体を救出
■いばらの冠の歴史的真偽は定かではないが、フルニエ神父は信仰にしたがってこれを守った

4月15日、パリのノートルダム大聖堂で起きた大火災。

火はなんとか消し止められたものの、パリの市民や世界中の人々に深い悲しみを刻み込んだ。

しかしこのような悲劇の中でこそ、英雄が生まれることがある。

一人の勇敢なフランスの神父が、燃え盛る大聖堂から、御聖体と聖遺物である「いばらの冠」を救い出したのだ。

Heroic Priest Saved Ancient Crown of Thorns from The Flames of Hell
https://www.ancient-origins.net/news-history-archaeology/notre-dame-cathedral-hero-0011757
フルニエ神父

パリ消防旅団お付きの司祭であるジャン・マルコ・フルニエ神父は、大聖堂から煙が立ち上るのを目撃した時、炎の中に置き去りになっている2つの宗教的遺物の存在が頭に浮かんだ。

フルニエ神父はそれらを救い出すため、勇気を出して他の消防士とノートルダム大聖堂へと突入。無事に御聖体といばらの冠の救出に成功した。

しかし神父がすごいのはこれだけではない。この聖遺物には、ある「いわれ」があるのだ。

御遺体といばらの冠とは?

神父が救出した「いばらの冠」は、キリストが十字架につけられて処刑された「受難」の際に被せられた、いばらで編まれた冠だ。

ではエルサレムで処刑されたキリストの聖遺物が、なぜフランスにあるのだろうか?

1238年、ラテン帝国の皇帝ボードゥアン2世が、衰退する帝国への支持を求め、当時のフランス国王ルイ9世に「いばらの冠」を贈ったのがきっかけだ。国王もそれを受け取り、大聖堂宝物庫の金の箱へと収めた。

もう一つの「御聖体」は、ミサの際に聖別されて、キリストの体と血を表すものとなるパンとぶどう酒のことだ。

命をかけて守った聖遺物は本物なのか問題

しかし、神父が命を賭して救い出したこの聖遺物。実際にキリストの頭部に触れたものなのなのだろうか?実は「オリジナルの冠」であると信じられているいばらの冠は、他にも存在する。

カトリックの神学者M・デ・メリーによると、冠はナツメ属のキリストノイバラで編まれたと信じられている。エルサレムの道端に多く原生しており、対になるトゲをもっているバラだ。

ドイツのウェフェルヘムや、イタリアのサンタ・クローチェ・イン・ジェルサレンメ聖堂など、いばらの冠やその一部を所有していると主張する教会は多い。こういったいばらの冠だとされるものを集めると、「ノアの方舟でも作れるのではないか」と冗談で言われるほどだ。

しかし、だからこそフルニエ神父の行動は一層勇敢だったといえよう。偽物かもしれないいばらの冠を、本物であると信じて、自らの命を危険にさらして炎の中に飛び込んだのだ。

子供を助けるために火事の家に飛び込むといったことではなく、自らの信仰に従って燃え盛る大聖堂へと飛び込む――なかなかできることではありません。宗教家として、信仰に準じる覚悟を持った勇敢な聖人だといえるだろう。

 

豊かな現代社会では、信仰を守ること自体が難しい。信仰がなくても、豊かに生活することができるからだ。しかし、信仰を持つことによる豊かさはまた別のものであり、それを守ることには価値がある。ルフィのように仲間を信じるでも、神を信じるでも、「信じる」という心そのものは尊いのだ。フルニエ神父は、そういった信仰を守った英雄と言えるのではないだろうか。

DNA鑑定スゴい。「ストーンヘンジ建設者」の祖先が辿ってきた経路が判明する

reference: Ancient Origins / written by SENPAI

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