胃を持たないカモノハシやハリモグラの進化過程とは?

science_technology 2019/09/02
Credit: Wikimedia Commons/Rainbow606

アヒルに似たくちばしに、平べったい尻尾、それに水かきの付いた足…。カモノハシは、どこか愛嬌のあるルックスを持つ奇妙な生き物です。

ですが、カモノハシの奇妙さはその見た目だけではありません。実は、カモノハシの食道は腸に直接繋がっています。つまり、食道と腸の間に、酸や消化酵素を分泌する胃が存在しないのです。

脊椎動物の多くが進化の過程で胃を喪失

内蔵の中でも酸を生産する器官である胃が、生物の間に最初に出現したのは、約4億5千万年前のこと。以来、胃や脊椎動物に特有の器官として、その役割を果たしてきました。

私たちの祖先は、胃を持つことによって分子サイズの大きいタンパク質を消化できます。胃が作り出す酸性の環境が大きな分子を変形させ、それらを分解する酵素の働きを高めたからです。

ですが、多くの脊椎動物が胃を失ってきたことが、ここ200年ほどの間に明らかになってきました。カモノハシやその最も近い親戚であるハリモグラも、こうした脊椎動物の一種です。また、ハイギョや、サメやエイの仲間の一部も、胃を持たないことが知られています。

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魚の多くは骨格の大部分が硬い骨から成る硬骨魚類に属しますが、これらも胃を失った生物の代表です。約3万種の硬骨魚類のうち、ベラ、コイ、海牛、フグ、ゼブラフィッシュを含む約4分の1の種が胃を喪失しました。

よくフグは「胃を膨らませている」と勘違いされることがありますが、胃に相当する袋は持つものの酸を分泌しているわけではないため、これは胃ではありません。

脊椎動物が胃を失う機会はこれまでに少なくとも18回あったと考えられています。そしてこれらのうち数回は、遺伝子の喪失によってもたらされたものであることが分かっています。

消化に関連する遺伝子の喪失

カモノハシが胃に関連する遺伝子を失ったことを2008年に発見したのは、オビエド大学(スペイン)のショセ・プエンテ氏でした。

現在、ポルト大学(ポルトガル)のフィリペ・カストロ氏とジョナサン・ウィルソン氏の研究チームが、ゼブラフィッシュやフグ、メダカ、プラティー、ゾウギンザメといった胃を持たない他の脊椎動物にも、カモノハシと同じパターンが見られることを明らかにしました。

両氏は、これらの生物の全ゲノムを調べ、これらのすべてに胃プロトンポンプの遺伝子が欠けていることを示しました。胃プロトンポンプとは、胃を酸性化する酵素のことです。

また、これらの生物は、タンパク質を分解するペプシノーゲンと呼ばれるタンパク質の遺伝子の多くを喪失していました。唯一の例外は、カモノハシと同様にペプシノーゲンの遺伝子を1つだけ保持していたフグのみでしたが、フグはこの遺伝子を消化以外の目的に用いているに過ぎませんでした。

こうして、これらの生物すべてにおける遺伝子の喪失と胃の喪失に、明らかなパターンが存在することが明らかになりました。

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「特定の性質を失った動物が、その性質に関連した遺伝子を失う」とは直感で分かりそうなものだと考える人もいるかもしれませんが、実はそうでもありません。

視力を持たない洞窟魚は目を作るための遺伝子を今でも備えており、異なる洞窟に住む個体同士を掛け合わせることで、視力を持つ個体を作ることができます。歯を持たない哺乳動物は今でもエナメル質を作るための遺伝子を持っています。

これらの遺伝子は決して失われたわけではなく、単に不活性化されたに過ぎません。適切な遺伝子操作を加えることで、これらの遺伝子が休止しているプログラムを再始動させることが可能なのです。

一方で、胃を持たない生物の場合、関連する遺伝子は跡形もなく完全に失われています。つまり、胃を持たない生物が胃を取り戻すには、最初からそれを作り直すしかないということです。もちろん、進化の過程で失われた複雑な特性を取り戻すことなど、とうてい不可能です。

食事の変化による遺伝子の弱体化が要因?

では、これらの生物は一体どうして胃を失ったのでしょうか?

カストロ、ウィルソン両氏は、その答えの鍵は食事にあると考えています。生物は、それぞれの食事に含まれるタンパク質の種類に対応した一連のペプシノーゲン遺伝子を進化させます。

胃を持たない生物の祖先は、ペプシノーゲンが必要な食事から、それが必要でない食事へとシフトした可能性が高いのです。そして、その後長い時間を掛けて、弱体化の変異を重ねるうちに、最終的にその遺伝子を喪失したのでしょう。

こうしたプロセスの兆しは、今も胃を持っている生物にも垣間見ることができます。たとえば、多くの哺乳動物の新生児は、乳に含まれるタンパク質を消化するためのCymと呼ばれる遺伝子を持っています。ですが、ヒトの乳は比較的タンパク質含有量が低いため、ヒトのCymは不活性化された状態にあります。

ペプシノーゲンは酸性の環境で最も効率よく働くため、ペプシノーゲンが失われれば酸性の胃も不要になります。胃を酸性に保つ胃プロトンポンプはかなりのエネルギーを要するため、もし不要となれば、最終的にはこれも失われるでしょう。

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また、別の予測を立てることも可能です。生物の中には貝類やサンゴを大量に食べるものがいます。これらの貝殻に豊富に含まれる炭酸カルシウムには、胃の中の酸を中和する制酸剤としての役割があります。

ベラなどの水底に生息する魚も、海底に沈んだ泥を吸い込む際に大量の炭酸カルシウムを体内に取り込むため、酸性の環境を効果的に中和することができます。

でも、どうせすぐに中和するのであれば、なぜわざわざ胃を酸性に保つ手間を掛ける必要があるのでしょうか?

胃プロトンポンプもペプシノーゲンも、酸性の環境無くしては無用の長物となり、やがては失われます。カストロ、ウィルソン両氏は、食事以外にも因子があるのではないかと考えています。特に、胃を持たない生物がすべて水中で暮らしていることが重要なヒントになりそうです。

現時点でただ1つ明らかになっていることは、「多くの生物が胃を持たなくても上手く生き延びている」ということです。胃が無ければ無いで、その代わりになる方法はいくらでもあります。

腸の中には、腸独自のタンパク質分解酵素が存在します。また、一部の魚の喉には、飲み込んだものをさらに細かく砕くための追加の歯が生えています。

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特定の機能を他の器官にシフトさせる弾力性を持つことで命を繋いでいる生物は決して珍しくなく、私たちの周りに数多く存在します。生命というものが、いかに「しなやかさ」に富んでいるものであるかが伺えますね。

reference: nationalgeographic / written by まりえってぃ

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