女人禁制のアトス山に女性の白骨を発見か

history_archeology 2019/12/24
アトス山のパントクラトル修道院/Credit:Athanasios Gioumpasis
point
  • 1406年から厳戒な女人禁制を敷くアトス山に、女性のものと思われる白骨が見つかる
  • アトス山の修道僧にとって、女性は「聖母マリア」のみであり、その他の女性はアトス山の海岸から500m以内にも入れない

エーゲ海に浮かぶ「アトス山」は、600年以上にわたり女人禁制を貫いています。

アトス山にはキリスト教の修道僧が数多く暮らしていますが、女性は山の沿岸部から500m以内には近くことができません。

しかし今回、それほど厳格なルールが敷かれているアトス山に、女性のものと思われる白骨が発見されました。

白骨は、礼拝堂の床下から出土しており、重要人物として埋葬されていた可能性もあります。一体どのような背景があったのでしょうか。

女人禁制の「アトス山」

アトス山は、ギリシャ北東部のエーゲ海に突き出した標高2033mの岩山です。

古くから「聖山」として知られており、ギリシャの一部でありながら、治外法権が認められている宗教国家でもあります。

アトス山(赤)/Credit:ja.wikipedia.org

女人禁制は、1406年に正規化され、「アトス山に踏み入る女性は聖母マリアだけ」という信念のもとに制定されました。

現在、アトス山にある25の修道院には、延べ2500名の修道僧が住んでおり、大半が死ぬまでそこに留まり続けます。なので、何十年も女性を見たことのない人がほとんどです。

女人禁制ルールは人だけでなく動物にも及んでおり、あらゆるメスの入山が禁止されています。ただし、ネズミ退治用のネコだけは例外とのこと。

礼拝堂の床下から「女性の骨」?

女性のものと思われる骨が見つかったのは、アトス山にあるパントクラトル修道院の礼拝堂です。修復作業をしていたチームが、礼拝堂の床下から数多くの人の骨を見つけました。

そのほとんどが丈夫で屈強な男性の骨でしたが、その中に、サイズや形状が女性のものと思われる骨がいくつか発見されたのです。

そこで修繕チームは、国立科学研究センター「デモクリトス」のLaura Wynn-Antikas氏に骨の分析を依頼しました。

発見された礼拝堂下の骨/Credit:Phaidon Hadjiantoniou

Antikas氏によると、発見された骨は少なくとも7人分と特定されており、他の場所から礼拝堂下に移動させられていたそうです。移動の理由は不明ですが、丁重に扱われたいた様子から、埋葬された人物たちはとても重要な存在だったことが考えられます。

また同氏は「仙骨やスネの骨、前腕のサイズや形状が女性の特徴にとても近い骨がある」と話します。しかし、DNA分析がまだできておらず、サイズと形だけで断定することはできないようです。

結果次第では、アトス山に埋葬された初の女性となるでしょう。

発見された礼拝堂下の骨/Credit:Phaidon Hadjiantoniou

女性の入山はわずか12回?

紀元後382年から残る記録には、12回の女性の入山が確認されています。街の暴動から逃げてきた女性や、中には、アトス山の秘密を知るために忍び込んだ女性もいるそうです。

最も有名なのは、1990年代に、男装してアトス山に入ったギリシャ人ジャーナリストのMalvina Karali氏と言われています。隠されるほど知りたくなるのは人間の性なのでしょう。

アトス山のパントクラトル修道院/Credit:Phaidon Hadjiantoniou

また有名な話では、セルビア王が妻を連れてアトス山を訪れた際、島への入山は許されたものの、女王が歩く場所にはすべてカーペットが敷かれ、直にアトスの土を踏むことは許されなかったといいます。

ただ、今回発見された骨が、この女性たちのものと考えるのは難しいでしょう。男性の修道僧とともに礼拝堂に埋葬されたとすれば、修道僧として認められていたはずです。

もしかすると女人禁制のアトス山には、異例の女性修道僧が存在したのかもしれませんね。

2700年前の石版に「てんかん」を引き起こすデーモン像が発見される

reference: livesciencetheguardian / written by くらのすけ
あわせて読みたい

SHARE

TAG