兵士の遺伝子を上書きして毒ガス耐性を与える計画が進行中

chemistry 2020/01/24
遺伝子を書き換えた人間は生物学的にはヒトではなくなる/Credit:pixabay
point
  • 大人になった動物の遺伝子を書き換えて、毒ガスに耐性をもたせた
  • この技術を応用することで様々な体の部位を変化させられる

戦争などで使われる化学兵器から身を守るには、防毒マスクを装着することが一般的ですが、化学兵器のなかには皮膚から浸透して致命的な効果をあたえるものが多くあり、防ぎきれないのが実情です。

そこで米陸軍の研究者たちは兵士の遺伝子を書き換えて、毒ガスに対する耐性を持たせる計画を立案

「遺伝子は生まれる前の受精卵でなければ変化させられない」という常識が変わろうとしています。

研究内容は1月22日に、Venkaiah Betapudi氏ら米国陸軍化学防衛研究所の科学者たちによって学術雑誌「Science Translational Medicine 」に掲載されました。

Gene therapy delivering a paraoxonase 1 variant offers long-term prophylactic protection against nerve agents in mice
https://stm.sciencemag.org/content/12/527/eaay0356

マスクでは防げない毒ガス

Credit:pixabay

今回の実験で用いた毒ガスは、サリンなどに代表される神経ガスです。

このタイプの神経ガスは、人間のあらゆる筋肉の動きを阻害することで、けいれん、呼吸困難を引き起こし、死に至らしめます。

また神経ガスの成分は皮膚からも浸透するために、防毒マスクだけでは防げません。

毒の効果を中和する治療薬も存在しますが、効果を発揮するには毒ガスに接触した直後に投与する必要があり、戦場にいる兵士にとっては必ずしも実用的ではありません。

そこで軍の研究者たちは、兵士の肝臓の遺伝子を書き換えることで機能を強化し、神経ガスの解毒薬を分泌させる計画を打ち立てました。

計画の第一段階では、人間の肝臓の代わりに、マウスの肝臓が遺伝強化されました。

成長後の動物の遺伝子をウイルスで変異させる

実験に使われた人体に無害なアデノ随伴ウイルスのイメージ図/Credit:Molecular Therapy

受精卵の遺伝子を書き換えるのとは異なり、既に大人になったマウスの肝臓の遺伝子を書き換えるには、数億個もの細胞の遺伝子を変化させなければなりません。

そこで軍の研究者たちは、無害なDNAウイルスを使うことにしました。

ウイルスは細胞と接すると、自分の遺伝子を細胞に注入して変質させようとする性質があります。

研究者はこうしたウイルスの特性を利用して、解毒タンパク質の設計図(DNA)を肝臓の細胞に注入させ、肝臓に解毒物質の分泌を行わせようとしました。

実験は研究者の目論見通り進行し、ウイルスに感染したマウスの肝臓は、毒ガスに対抗する強力な解毒物質を分泌しはじめました。

軍の研究者は、この耐性マウスに対して、6週間にわたって9回の致命的なレベルの神経ガスを投与しましたが、マウスは生き延びることができました。

また変異の効果は5ヶ月間安定しており、その間、変異はマウスに特に害を及ぼしているようにはみえませんでした。

軍の研究チームは、この技術が兵士だけでなく、有機リン酸塩系の農薬を扱う農業従事者の健康を守るためにも利用可能だと考えています。

後天的な遺伝強化が可能に

Credit:pixabay

今回の研究によって、将来の兵士たちは危険な環境を、SFチックな特殊スーツだけに頼らず、驚異的な遺伝適応によっても乗り切れる可能性が開けたました。

またこの研究技術を応用することで、肝臓の解毒能力だけでなく、筋肉や視覚、聴覚など、あらゆる体の部位をカスタム強化できるでしょう。

もしかしたら軍が求めると言われる、あらゆる能力で既存の兵士を上回る「スーパーソルジャー」を後天的に作り出せるかもしれません。

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reference: sciencemag / written by ナゾロジー編集部

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