- 恐怖記憶を形成している「恐怖回路」の神経の繋がりを直接確認できた
- 薬(アニソマイシン)を使って恐怖回路を遮断すると恐怖を忘れることができた
- アニソマイシンには他にも記憶にかかわる奇妙な薬理が知られている
高度な脳を持った動物には2種類の恐怖が備わっていることが知られています。
一つは本能的な恐怖で、人間が暗闇や高所を理由もなく恐れるのは、この本能的恐怖のせいです。
もう一つは、学習による恐怖です。
交通事故や戦争などで恐怖を学習した人間には、他者にとってはなんでもない中立的な状況が、連想を通して恐怖として認識されるのです。
この連想を通して感じる恐怖は「連想的恐怖」と呼ばれており、この連想的恐怖を学んだ個体は、同じような恐怖が再現される前に、逃げることが可能になります。
しかし学習した恐怖が強すぎると、連想の結びつきが無差別に行われ、日常的な風景や何気ない行動によっても連想が惹起され、恐怖を感じてしまうようになります。
これら強すぎる恐怖学習は、一般にはトラウマやPTSDとして知られています。
これまで、連想的恐怖は「記憶を管理(エンコード)する海馬」と「感情の中枢である偏桃体」の連結によって形成されると言われてきましたが、現在に至るまで、直接的な証拠はありませんでした。
しかし今回アメリカの研究者によって、連想的恐怖の形成における海馬(記憶)と偏桃体(感情)の直接的な神経接続が確認されました。
さらに、一度形成された恐怖記憶を薬の作用によって忘却させられることも判明しています。
そのため今回の研究は、これまで対処療法御しか存在していなかったトラウマやPTSDに対する直接的な治療薬の開発につながる他、汎用的な「記憶編集技術」への重要な基礎実験としての側面も持ちます。
研究者たちは一度深く植え付けられた恐怖記憶を、どのような手段で消したのでしょうか?
研究内容はカリフォルニア大学のキム・ウンピョン氏らによってまとめられ、3月13日、世界で最も権威ある学術雑誌「nature」に掲載されました。
https://www.nature.com/articles/s41467-020-15121-2
恐怖を学習させ、脳をスライスして「恐怖回路」を確認した
仮説を立証するための実験動物には、マウスが選ばれました。
そして実験に選ばれたマウスは光や臭いといった特定の条件と共に、強い電気刺激を何度も与えられました。
これはパブロフの犬と同じように、マウスに条件と恐怖の連想的な結びつきを学習させる為です。
条件と恐怖の結びつきが成功すると、マウスは特定の光や臭いを感じただけで、恐怖によるパニックを起こして「凍結」と呼ばれる動けない状態に陥ります。
研究者はこの凍結が確認されたマウスから脳を取り出し、薄くスライスして、神経接続の可視化を行いました。
結果、連想的恐怖を植え付けられたマウスでのみ、海馬と偏桃体での、新規の神経接続(恐怖回路)が確認されました。