原子「リン」は、錬金術師が大量に煮詰めたおしっこから発見されていた

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ドイツの錬金術師ヘニッヒ・ブラントによって1669年にリンが発見された様子。/Credit:ジョセフ・ライト(1771),Derby Museum and Art Gallery

原子番号15番の「リン(P)」は生命にとって必須の元素で、DNA、RNA、細胞膜とあらゆる場所に見られます。

生物の中に存在する元素としては6番目に豊富な存在です。

そのため用途も豊富で、化学肥料から食品添加物、果ては発煙弾などの軍事兵器にまで使われています。

そんな便利で重要な元素のリンですが、これを人類で初めて発見した逸話はなんともぶっ飛んでいます

リンは17世紀ドイツの錬金術師ヘニッヒ・ブラントが5500リットルにも及ぶおしっこを煮詰めて分離させたというのです。

錬金術師ヘニッヒ・ブラント

Credit:ジョセフ・ライト(1771),Derby Museum and Art Gallery

ヘニッヒ・ブラントは1630年にドイツのハンブルグで生まれました。

彼は三十年戦争に参加した後、見習いガラス職人として生活をしますが、結婚相手の女性が裕福な家庭の出で、多額の持参金と共に嫁いできたため、仕事を辞めてしまいました

そして始めたのが、「賢者の石」の探求だったのです。ここで彼は錬金術師となります。

錬金術師と言うとファンタジーなイメージがありますが、現実の錬金術師は化学者のもとになった職業で、当時科学の分野で活躍した人は大体錬金術師でした。

物理学の世界を拓いたアイザック・ニュートンも錬金術師という側面を持っていましたし、近代科学の先駆者とされるロジャー・ベーコンも、近代化学の父とされるロバート・ボイルもみんな錬金術師でした。

錬金術はその名の通り、価値の低い元素を最高級の元素「金」に変えることを目指していました。

賢者の石は、そんな卑金属を貴金属に変えるための鍵であり、また不老不死の秘薬「エリキシル」の鍵であると言われていて、みなが追い求めていたものです。

さて、妻の持参金を元手に錬金術の研究に没頭したブラントでしたが、愚にもつかない神話上のオブジェクトなど見つかるはずもなく、たちまち財産を使い尽くしてしまいます。

最初の妻はそんな中で不幸にも亡くなってしまいます。

しかしその後、どういう運の巡り合せか、ブラントはまたまた資産家の未亡人のハートを射止めて結婚します。

彼は2番目の妻の資産を元手に、錬金術の研究を再開するのです。

黄金水の研究

Credit:depositphotos

ブラントが得意とした研究は、水と他のものを組み合わせるものでした。

水は生命の基盤であり、神聖な性質を持つと考えていたのです。

また、人体の中にこそ、錬金術の秘密が隠されているという信念も持っていました

彼は1630年に書かれた錬金術の秘術書を手に入れると、そこに記されていた人間の尿を使ったレシピに興味を持ちます。

人間の尿は、ところによっては黄金水と表現されたりするくらいで、たしかに金色の水でした。

そのため、尿から金が取り出せるかも、と彼が妄想したのも無理からぬことだったかもしれません。

最初ブラントは自分の尿や家族の尿を使って実験していたようですが、やがてもっと大量の尿が必要だということに気が付きます。

実際彼がどうやって大量の尿を入手したかは定かではありません。しかし、さほど難しいことでもなかったでしょう。

彼は軍隊の兵士や、酒場ののんべえからそれを入手してきたとも伝えられています。

集めた尿は5500リットルにも及んだと言われています。

リンの抽出

ブラントが尿を使って行った実験の正確な内容は明らかではありません。しかし、彼は最初の数週間、尿を日光のもとに置いたと考えられています。

その後、もはや腐った液体を煮詰めてシロップ状にし、さらに加熱して赤い油を抽出しました。

次に残りを地下室で黒くなるまで冷やし、下層に析出した塩分を捨てました。

最後は、黒い部分と赤い油を混ぜて再び加熱し、レトルトで蒸留したのです。

レトルト。化学実験の蒸留器具。/Credit:Wikipedia Commons

レトルトは長くくびれたガラス管の伸びた球状の容器のことで、物質の蒸留する化学実験の器具のことです。

このレトルトからは白く輝く液体が滴り落ち、それは空気に触れるとにんにくのような匂いを発して燃え上がったのです。

ブラントは、ついに自分が賢者の石に匹敵するものを発見したと思ったことでしょう。

このとき彼が見つけ出したものは白リンでした。白リンは発火点が60℃程度と非常に低く、放っておいても自然発火します。現代では、危険なので水中で保管する物質です。

リンが低温でも燃えやすいことは、擦るだけで燃え上がるマッチの原料にもなっていることから知っている人は多いでしょう。

Credit:pixabay

「ガラスの容器に液体を捕らえて蓋をしたところ、それは固化したが不気味な淡緑色で光り輝き、炎がその表面を舐めているようだった」と記録があります。

ブラントはすぐにそれが燃え尽きると考えたようでしたが、火は消えることなく輝き続けました。まるで魔法のようだったことでしょう。

リン(燐)は酸素と反応して熱を持ち青白く輝きます。その名の通り、燐光の語源となった物質です。

ブラントはこのリンを、「phosphorosフォスフォラス(光を運ぶもの)」と名付けました。

彼は尿を加工するとき、析出した塩分を捨てていましたが、実際尿に含まれるリン酸塩のほとんどがそこに含まれています。

彼の実験では5500リットルの尿からたった120グラム程度のリンしか取り出せませんでしたが、もし塩分を捨てなければ、その何倍ものリンを取り出せていたでしょう。

この発見はやがて、他の化学者仲間にも広まっていったようです。

ちなみに彼はこんなことをしている間に、2番目の妻の財産も使い果たしてしまったそうです。妻も本望だった…かどうかはわかりませんが、人類史に残る発見をしたのは確かでしょう。

今度トイレに行くときは、人類の偉大な発見に思いを馳せながら排尿してみてもいいかもしれません。

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reference: gizmodo.com / written by KAIN
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