人間の脳細胞をラットの脳に移植する「脳置換」に成功

biology 2020/04/14
人間の脳細胞はiPS細胞から作られ培養されたものが使われた/Credit:ナゾロジー

近年のバイオテクノロジーの急速な発展によって、損傷・死滅した脳細胞を、外部で培養した脳細胞と置き換えることが可能になってきました。

しかも置き換える脳細胞は、必ずしもホストと同じ動物である必要がなくなってきたのです。

最近の実験でも、ラットの脳に人間の脳細胞を移植して長期間生存させることに成功しています。しかし、移植された人間の脳細胞がラットの脳で役割を獲得し、両者の間で神経接続が成立したかどうかはわかっていませんでした。

ですが今回、スウェーデンの研究者が、脳卒中に陥ったラットの脳に人間の脳細胞(iPS細胞から作成)を移植したところ、人間の脳細胞がラットの脳細胞と神経接続を確立していることを発見しました。

また新たに確立された異種神経接続はラットの脳の広範に及び、脳卒中により失われていたラットの運動能力と感覚機能を回復させていたことも明らかになりました。

これは異種脳を組み合わせ、一つの脳として機能させることに成功した最初の事例となります。

この「脳細胞置換」技術によって、ラットの頭蓋骨内部における人間の脳細胞の割合を、100%まで増やすことが可能となるでしょう。

また、倫理的な問題を乗り越えれば、人間の頭蓋骨の中身を他の動物や、遺伝改良した優秀な人工細胞で満たすことができるかもしれません。

しかし私たちは、そのような生物をこれまでと同じく「ラット」「人間」と呼んでもいいのでしょうか?

人間の脳細胞はラットの脳細胞を置換した

移植された脳が脳卒中によって欠損した部位を補っていく/Credit:pnas

毎年約1500万人が脳卒中を患い、約600万人が脳卒中で死亡しています。

また生き延びたとしても、永続的な後遺症に悩まされる可能性があります。

現在、脳卒中に対して期待される根本的な治療法は、万能細胞から分化させた神経細胞を脳に移植することで、失った神経接続を回復することです。

しかし人体実験はハードルが高く、移植した人間の神経細胞がどのように挙動するかは多くが謎に包まれていました。

そこで研究者たちは、人為的に脳卒中を誘発させたラットに人間の脳細胞を加えることで、移植脳がどのように振る舞うのかを調べようとしました。

実験に使われたラットは大脳皮質に脳卒中による損傷を受けた状態であり、人間の神経細胞は損傷部分を覆うように設置されました。

そして移植実験を行って6か月が経過した頃、ラットの状況に著しい改善がみられるようになりました。

研究者は何が起きたかを調べるために、ラットの脳を電子顕微鏡やその他の神経接続を可視化する技術によって観察をはじめました。

結果、移植された人間の脳細胞がラットの脳細胞との神経接続を確立していることが判明したのです。

右脳に移植された移植脳が神経を伸ばして左脳の細胞とも神経接続を形成している/Credit:pnas

また移植された細胞からの神経軸索は、脳の反対側、つまり細胞を移植しなかった半球にまで侵食し、広範な神経のつながりを生み出していました。

人間の脳細胞とラットの脳細胞のつながりが確認されたのは、今回の研究が世界で初めてです。

しかしラットに起きた脳卒中の改善が、人間の脳細胞との接続によるものかは、まだ断言できません。

そこで研究者は人間の脳細胞に事前に仕組んでおいた、活動スイッチをOFFにすることにしました。

移植脳の活動スイッチをOFFにしてみた

/Credit:depositphotos

ラットに移植された人間の脳細胞には、光による刺激によって活動スイッチをOFFにする仕組みが仕込まれていました。

もしラットの改善が人間の脳細胞によるものならば、人間の脳細胞のスイッチをOFFにすることで、ラットは再び脳卒中の症状を再発するはずです。

実験を行った結果(人間の脳細胞の活動をOFFにした結果)、予想通り、ラットは脳卒中の症状を再び発症し、運動能力と感覚能力を喪失しました。

この結果から、人間の脳細胞は脳卒中を起こしたラットの脳で新たな機能を獲得し、ラットの病状改善に大きく寄与していたことが判明しました。

脳細胞置換は不老不死への入り口だが、古い脳をどうすべきか?

脳置換で取り去られた脳を再構成すれば「古いあなた」が復活する。置換を繰り返すごとに、「古いあなた」は増えていく/Credit:depositphotos

今回の研究によって、移植された人間の脳細胞が、脳卒中によって引き起こされたラット脳の損傷を修復・代替したことが確認されました。

今後、移植された脳細胞が記憶や知能、思考、精神、性格などにどのような影響があるかが、動物実験や脳の若返りを望むボランティアによる人体実験で調べられることになるでしょう。

また今回の研究は、死んだ神経細胞を新しい健康な神経細胞で置き換えることが可能になったことを意味します。

人間の脳に対して常に新鮮な脳細胞を使った置換が行われれるようになれば、理論上、脳と精神は不滅ともいえるでしょう。

ただ一点、気を付けるべきことがあります。それは脳細胞置換を進めるペースと置換された脳細胞の処置です。

一度に全てを置換することは、単なる自殺です。精神の統一性を保ったまま脳置換を進めるためには、一度の置換を最大でも数%ずつに限定する必要があるでしょう。

特に、最新の研究によって明らかになった意識の発生源のようなデリケートな部分に対しては、細心の注意が必要とななります。

また置き換えられた古い脳細胞を生きたまま保存するか、医療廃棄物として捨てるかも哲学的・倫理的問題に発展します。

古い脳細胞を集めて再構成すれば「古いあなた」が復活するからです。

そうなれば「古い人格」と「新しい人格」どちらがより正当性のある「あなた」となるかも、考える必要がありそうです。

この研究はスウェーデン、ルンド大学のサラ・パルマ・トルトーザ氏らによってまとめられ、4月6日に学術論文「PNAS」に掲載されました。

point
  • ラットの損傷した脳機能を人間の脳細胞で補完することに成功した
  • 異種脳を組み合わせ、一つの脳として機能させることに成功したのは世界初

感情を情報コード化して強制的に再生することにマウス実験で成功

reference: sciencedaily / written by katsu
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