ドイツ駐車場の地下から「中世の大虐殺」の証拠が見つかる!犯人はあの権力者?

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駐車場の地下に発見された遺骨 /Credit: the times

イギリス・アレン考古学研究所により、・ベルリンにある駐車場の地下から、中世時代の大虐殺を証明する大量の遺骨が発見されました。

この場所はかつて共同墓地でしたが、今は駐車場の下に埋まっています。2008年に最初の発見が報告されたものの、詳しい調査が開始されたのは最近のことです。

同地からは約3700の遺骨が出土しており、半数は1047年〜1299年の間のものと特定されています。

遺骨の分析から、当時の住民の間に病気や貧困が蔓延していたこと、さらには、ある人物が主導した大虐殺の証拠も同時に判明しました。

栄養不足の子どもたち

発見された子どもの遺骨には、不足による「くる病」の跡が見られました。原因はD不足であり、脊椎や四肢骨を大きく歪めてしまいます。

ある子どもの遺骨は、背骨が弓なりに曲がっており、腕が手前でクロスされた状態にありました。同チームのナターシャ・パワーズ氏は「この姿勢から、破傷風も患っていた」と指摘します。

破傷風は、傷口から破傷風菌が侵入することで感染し、重症の場合は全身の激しい硬直により、舌を噛み切ったり、背骨を折ることがあります

破傷風で硬直を起こす人の絵(チャールズ・ベル作、1809年)/Credit: ja.wikipedia
破傷風を患っていたと思われる子どもの遺骨

また、Cの欠乏による「壊血病」や「結核」で死亡した子どもたちの遺骨も多数発見されました。

当時の町は、深刻な貧困状態にあったことがうかがえます。

「中世の大虐殺」を証明か

貧困や病気以外に、撲殺された遺骨が数多く出土しました。

中でも特に、裕福な位にあったと思われる3人の男性の遺骨が注目されています。年代測定では、3人ともに1168〜1208年の間に殺されており、刃物や鈍器による致命傷を受けていました

その内のひとりは、ノコギリ状の刃物で頭蓋骨に傷を受けており、前腕骨にも細かい傷が無数に見られます。おそらく、身を守ろうとして腕で刃物を受けたのでしょう。

2つ目の遺骨は、鈍器でアゴを打ち砕かれており、歯の多くが抜け落ちていました。3つ目の遺骨は、頭蓋骨に陥没した穴が見られました。傷は脳まで達したことが確実で、即死だったと思われます。

発掘された斧頭 / Credit: Antiquity Publications Ltd 

3人ともそれ以前の傷がないことから、兵士や軍人ではないでしょう。遺骨の側に銀のブローチやバックル、銀貨などが見られたことから、この町の富裕層か権力者だった可能性があります。

こうした証拠から、中世の「アルブレヒト熊公(Albert the Bear)」による大量虐殺が浮かび上がります。

アルブレヒト熊公は、1100年頃〜1170年に生きた権力者で、1157年に東方への侵略を開始しました。「その東方侵略の中で、同地の権力者や住民たちが虐殺されたのではないか」と研究チームは指摘しています。

「死人に口なし」とは言いますが、残された遺骨が何よりも雄弁に虐殺の事実を語っているようです。

reference: trendswide / written by くらのすけ
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