電脳ウミウシを薬物依存にするシミュレーションで、生物が”クスリ漬け”になる過程が明らかに

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薬漬けになった電脳のリアルな転落人生をみてみよう/Credit:イリノイ大学 (文字はナゾロジー編集部記入)
point
  • シミュレートされたの脳を薬物中毒にした
  • 薬物中毒になったは動物らしい「好み」を失い毒も食べた
  • 動物の複雑な行動や人間の高度な精神性も単純な報酬を得るためだけの簡単な構造である

原始的な「好み」はあらゆる生物に備わっており、栄養価の高いエサの確保から異性の選別といった美的感覚まで、様々な動物の行動を支配しています。

アメリカの研究者は、このあらゆる生物の根源にある「好み」だけでなく、人間の「美意識」も、報酬を得るためだけの非常に簡単な構造であるとの仮説を立てました。

そしてその仮説を実証する手段として、研究者は脳の仕組みが簡単な(アシモフと命名)の脳をコンピューターシミュレーションで再現し、薬を使って中毒にすることにしました。

単純な脳であるため、比較的簡単に全脳のシミュレーションが可能である/Credit:首都東京大学(文字はナゾロジー編集部記入)

の脳は非常に原始的で単純な構造をしていますが、ヒトと同じように記憶や学習が可能であり、食べることをはじめとした基本的行動をとります。

また、その「好み」は報酬によって強く支配されていることが知られているそうです。

そのため、研究者はの脳のシミュレーション結果を分析することで、「好み」と報酬の関係を探ろうとしました。

電子の世界で学習する仮想「アシモフ」

まだ健全だったころのアシモフ君/Credit:イリノイ大学(文字はナゾロジー編集部記入)

実験の第一段階として研究者は現実のに似せた脳細胞数と神経接続パターンをもつ仮装生物(アシモフと命名)をシミュレーション内に誕生させました。

このアシモフには初期状態として食欲と報酬を感じ取る能力が与えられているほか、自身の心や体の状態を一定に保とうとする機能(可逆的恒常性)が追加されています。

研究者はこのアシモフにエサを得る方法を学習させ、エサには栄養価が高い美味しいものと、栄養価はあるもののアシモフの体を傷つける毒入りのものがあることを教えました。

学習が終わると、アシモフは毒のあるエサを避けて、優良なエサを食べるようになりました。

また満腹になると、報酬を得られた満足感から、アシモフは快楽を感じます。

そのため、アシモフは満腹時以外は、食欲と食後の快楽をもとめてシミュレーション世界を彷徨いエサを探し続けました。

気持ちよくなるクスリをみつけたアシモフ

クスリの魅力にとりつかれたアシモフ君/Credit:イリノイ大学(文字はナゾロジー編集部記入)

アシモフの学習が終了するのを見計らって、研究者は「特殊なエサ」を仮想空間に投じました。

この特殊なエサは、全く栄養価がないものの、食べることで満腹時のような大きな快楽を得ることができるものです。

ですがこの快楽は長続きしません。

なぜならアシモフには本物の生物のように、心と体を一定の状態に保とうとする恒常性があるからです。

快楽を求める生物が自身の快楽を打ち消すというのは不条理にも思えますが、無意味な永遠の快楽は生物に死をもたらします。

そのため、アシモフが快楽を延長させるには、この特殊なエサ……すなわち中毒性のあるクスリを食べ続ける必要があります。

アシモフは仮想世界を彷徨いながら、クスリを探し求めるようになりました。

今やアシモフにとってクスリは何よりも重要になったために、たとえ目の前に美味しいエサがあっても食べなくなりました。

研究者はこの事実に驚くと共に興味を引かれました。

というのも、中毒性のあるクスリの使用と食欲の減退は、人間だけでなくあらゆる動物で起こる共通現象だからです。

シミュレーション内の生物であるアシモフにも実際の生物と同じような非自然的な現象が起きたのは、現実の多くの生命が非常に原始的で簡単な報酬系に支配されているとの研究者たちの仮説を支える事実だったからです。

クスリを減らされたアシモフ

禁断症状に苦しめられつつ僅かな薬を求めて動き回るアシモフ君/Credit:イリノイ大学(文字はナゾロジー編集部記入)

次に研究者は、アシモフに与えるクスリの量を減らしました。

すると再び、興味深い幾つかの行動がアシモフに発生。

アシモフに、現実の動物にみられるのとそっくりな「禁断症状」のような動きが現れ始めたのです。

アシモフの動きは鈍り、無気力・倦怠感・脱力といったものに近い状態が生じていました。

クスリを取り続けた結果、アシモフの心と体を一定に保とうとする働き(可逆的な恒常性)が変調をきたし、クスリがある状態を前提としたものに変ってしまったのです。

つまり、今のアシモフにとってクスリで快楽を感じている状態が「普通」であり、クスリがなければ幸せになれないどころか、不幸になってしまうのです。

研究者はアシモフの現状をみて、再び興味を引かれました。

アシモフの単純な脳が作り出す精神状態は、高い知性と高度な精神を備えた人間の中毒状態と、極めて似ていたからです。

この結果もまた、高い知能と精神が、単純な報酬系の上に載せられた砂上の楼閣である事実を示唆しました。

廃人になったアシモフ

アシモフ君から「好み」が失われ毒でもなんでも目に付いたものを食べて少しでも快楽をえようとする/Credit:イリノイ大学(文字はナゾロジー編集部記入)

研究者がアシモフを哀れに思ったからかは不明ですが、研究者はアシモフに再び薬を与えました。

するとアシモフは再びクスリを食べるようになりました。

ですが今度は少し様子が違います。

禁断症状から回復したアシモフにとって、今や全ての行動原理はクスリを食べることになっており、美味しいエサに見向きもしなくなっていたのです。

研究者はアシモフの心(のような何か)が完全に変質していると気付きます。

そこで、研究者は今度はクスリを減らすのではなく、完全な断薬を行いました。

アシモフはそれでも世界を彷徨いクスリを探しましたが、当然みつけられません。

そして激しい禁断症状がアシモフを襲いました。

今や、アシモフが快楽を得る方法は、食べ物を食べて満腹になる以外には存在しないのです。

そのためアシモフは仕方なく、以前のようにエサを食べて満腹になり、快楽を得ようとしはじめます。

ですがここで再び、研究者は興味深い現象をアシモフにみつけます。

アシモフの周りには以前と同じように、栄養価のある美味しいエサと、栄養価はあっても毒があるエサが置かれたのですが……

上の図のように、アシモフは目の前にある食べ物を、無秩序に食べ始めたのです。

たとえ毒エサの山が目の前に現れた場合にも、アシモフ以前のように避けようとはせず、毒エサに噛り付くようになっていました。

クスリの快楽と禁断症状がもたらした報酬系の激しい変化が「アシモフからアシモフらしい好みを奪っていた」のです。

エサでも毒でも関係なくかじりつくアシモフは、もう以前のアシモフではありませんでした。まさに廃人です。

同じような結果は人間を含めた動物でも知られています。

中毒性の高いクスリは、その動物の固有の動物らしさ(猫なら顔を洗うなど)を奪い、人間からは人間らしさを奪います。

研究者の仮説は実証されました。

人が人であるために必要な人間性もまた、の脳のように報酬の上に築かれた、もろい性質を持っていたのです。

クスリ漬けになったアシモフを元に戻せたら画期的な治療薬の青写真になる

アシモフ君を治療する方法がみつかれば現実世界で薬物中毒に苦しむ生物を助けられるかもしれない/Credit:イリノイ大学(文字はナゾロジー編集部記入)

現在のアシモフがどうなっているかはわかりません。

研究室の中のデータストレージに保管されているか、新たな実験の被検体になっている可能性もあります。

ですがもし、アシモフを治療して、本来のアシモフに戻す方法がみつかったのなら、中毒性のあるクスリに対する画期的なアプローチとなる可能性があります。

命のないアシモフがクスリ漬けになった人間の命を救うことになるかもしれません。

研究内容はアメリカ、イリノイ大学のエカテリーナ・D・グリコバ氏らによってまとめられ、6月15日に学術雑誌「SCIENTIFIC REPORTS」に掲載されました。

Simple Aesthetic Sense and Addiction Emerge in Neural Relations of Cost-Benefit Decision in Foraging
https://www.nature.com/articles/s41598-020-66465-0

まるでSFの世界。ウミウシ間で「記憶の移植」に成功

reference: sciencedaily / written by katsu
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