ハエを叩くのはなぜこんなに難しいの?世界を捉える速度「フリッカー融合頻度」がヒトと違っていた

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Credit:depositphotos,ナゾロジー編集部

reference: bbc

素早く動き回り、不快な羽音を撒き散らす不衛生なイメージがある昆虫「ハエ」。

誰しもハエを丸めた雑誌片手に追い回した経験があることでしょう。

そんなとき疑問に思うのが、恐ろしい回避率を誇るハエの俊敏性です。

「なぜ、こんな小さな生物に攻撃が当たらないんだ……」そんな苛立ちを覚えたことも、一度や二度では済まないでしょう。

しかし、それは仕方のないことかもしれません。

なぜなら、人間とハエでは見えている世界の速度が違っていたのです。

 

ハエは世界をスローで捉えている

ハエが世界をスローで捉えるとはどういうことでしょうか?

これは彼らの特殊な目の構造にあります。

ディスプレイの表示には、フレームレートというものがあります。これは1秒間に何コマ、画像を表示できるかという能力を示したものです。

このフレームレートは生き物にも存在しています。私たち人間の目は1秒間に60フレームを処理できます。このフレームレートは生き物によって違っていて、例えばカメの目は1秒間に15フレームしか処理できません。

生き物のフレームレートは、目や脳が処理できる時間の分解能を意味しています。フレームレートが下がると、世界の瞬間的な変化が捉えにくくなり、それに対応した行動も取れなくなるのです。

credit: Gfycat

つまり目や脳が処理できるフレームレートが上がると、世界はゆっくり流れて見えます。

カメと人間の例でいうと、カメの目から見る時計の秒針は人間の4倍の速度で動いて見えています。

カメの動きは、私たちからはゆっくり見えますが、カメに言わせれば人間の動きは速すぎる、という感じなのです。

Credit:MicBergsma,Youtube

ではハエはどうでしょうか? なんとハエのフレームレートは1秒間250フレームを超えています。

これは時計の秒針が、ハエには人間の約4分の1の速度に見えていることを意味します。

ハエからすれば「てめらの動きはスローすぎてあくびが出るぜ」という感じなのでしょう。

世界を捉える速度「フリッカー融合頻度」

こうした生き物の目や脳が画像を処理できる速度を「フリッカー融合頻度」と呼びます。

一般的には、その生物種が小さければ小さいほどフリッカー融合頻度は速くなります。これは小さいために神経の伝達距離が短くなるということも関係しています。

ケンブリッジ大学のRoger Hardie教授はハエの目の仕組みを研究し、そのフリッカー融合頻度を決定するを行いました。

Hardie教授が行ったのは、ハエの目の生きた光受容体に電極を挿入し、LEDのフラッシュにどれだけ反応するかというです。

結果、最速のフリッカー融合頻度を記録したのはキラーフライ(ムシヒキアブ)と呼ばれる種で、1秒間に最大400回のLED明滅に反応したのです。

キラーフライは別種のハエを空中で捕まえて食べてしまうという捕食性の種です。

ケンブリッジ大学の Paloma Gonzales-Bellido博士は、キラーフライの驚異的な素早さを示すために、ショウジョウバエを空中で捕まえる様子を動画で撮影しました

撮影は毎秒1000フレームの記録が可能なカメラが使用されました。

キラーフライのいる水槽にショウジョウバエを放つと、キラーフライは閃光のように飛び立ちました。

博士はその瞬間何が起きたのかわかりませんでした。気づけば次の瞬間、キラーフライは地面にショウジョウバエを組み敷いていたのです。

キラーフライがショウジョウバエを空中で捕まえる様子。この間わずか1秒。/Credit:BBC

しかし、カメラのスローモーション映像には、飛び立ったキラーフライが、空中でショウジョウバエの周りを3周もして、前足でショウジョウバエを摑み取り地面に落としている様子が映っていたのです。

それはわずか1秒間の出来事でした。

ハエの目の秘密

キラーフライは、他のハエと比べて目の光受容体細胞に多くのミトコンドリアを含んでいることがわかっています。

ミトコンドリアはいわば細胞のバッテリーです。キラーフライは、その驚異的なフリッカー融合頻度を実現するために多くのエネルギーを消費していました。

彼らが同族のハエを捕食するのも、このエネルギーを維持するためだと考えられます。

キラーフライは同族の中でも飛び抜けて速い種ですが、たとえ人間と細胞内のミトコンドリア数が同じだったとしても、ハエは脊椎動物とはまったく異なる構造の目を持っているため、人間よりはるかに速い視力を手にしています

ハエの目の構造的な変化は、節足動物と脊椎動物の進化が枝分かれした約7億年前に起こったと考えられています。

ハエの目は光が通過する経路に対して水平に並んだ糸のように光受容体が並んでいます。対して脊椎動物は光に向かって長い円筒状に光受容体が並んでいるのです。

脊椎動物の視細胞(左)。節足動物の視細胞(右)。/Credit:日本視覚学会 学会誌,VISION Vol. 17, No. 1, 27–38, 2005

こうした構造の違いによって、脊椎動物は光に対して化学的な反応を示しますが、ハエは光に機械的な反応を示します。それはより速い神経伝達信号を可能にするのです。

また、鳥も人間より高いフリッカー融合頻度を持っていますではアオサギの目は1秒間に146回の点滅を識別できたと報告されています。

これはハエほどではないにしろ、人間の約2倍です。

飛行する生物が高いフリッカー融合頻度を手にした理由は、飛行中障害物にぶつかることを避けるため、より鋭敏な反応速度を必要としたからだと考えられています。

速さに対応できた者は、獲物を狩る際にも有利になりその遺伝子をより多くの子孫に伝えることができたでしょう。

何億年にも渡る自然淘汰の結果、ハエは人間をはるかに凌駕する素早い視力と反応速度を獲得しました。

人間とハエの戦いは、世界をスローモーションで捉える能力者と一般人が戦っているようなものなのです。ハエに正面から構えられれば人間が攻撃を当てることはほぼ不可能でしょう。

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人間の攻撃はハエにとって一撃必殺ですが、彼らを潰すには不意をつく以外手がないようです。

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