”光る放射性キツネ”で日本を攻撃?大戦中にアメリカが計画した「ファンタジア作戦」とは

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キツネ
キツネ/Credit: jp.depositphotos
reference: smithsonianmag

第二次大戦時、日本からの真珠湾攻撃を受けたアメリカの戦略事務局は、形勢逆転のための打開案を模索していました。

爆発するホットケーキミックス、焼夷弾を巻きつけたコウモリ、捕虜から情報を聞き出すための真実薬、糞便の臭いを放つ悪臭スプレーなど、数々の突飛な案が出されたそうです。

中でも最も奇抜だったのが「ファンタジア作戦(英: Operation Fantasia)」でした。

これはなんと”光るキツネ”を使って日本人を怖がらせようという戦略だったのです。

「ファンタジア作戦」はどうやって生まれた?

「ファンタジア作戦」の発案者は、心理戦略家のエド・サリンジャーという人物です。

サリンジャーは戦前、東京で輸出入業を経営し、日本の文化や芸術に触れました。その際に聞きかじった民間伝承をヒントにして、1943年にファンタジア作戦を提唱しています。

彼のアイデアは、日本人にとって迷信深く超自然的な存在であるキツネに、暗闇で光るラジウム塗料を塗って日本の町に解き放ち、不安感情を煽って戦意を挫こうというものでした。

こんな感じでキツネを光らせた?
こんな感じでキツネを光らせた?/Credit: pixabay

サリンジャーのメモには「日本人は、迷信や悪霊、超常現象を信じやすく、効果的である」と書き残されています。

これに対し、歴史家のヴィンス・ホートン氏は著書の中で、ファンタジア作戦はアメリカ軍の指導者の大部分が、日本文化について軽視の念や自民族中心的な考えに陥っていた証拠だ」と記しています。

ファンタジア作戦は、日本人の心理をよく理解しないまま、独断と偏見で計画されたトンデモ戦略だったのです。

放射性の”ラジウム”をキツネに塗布

戦略チームは、中国とオーストラリアのキツネを用いて、ラジウムを含んだ蛍光塗料を全身に塗りつける方法を採りました。

この際、放射性ラジウムの危険性は一切考慮されませんでした。

1920〜30年代のアメリカでは、ラジウムを含む夜光塗料を時計の文字盤に塗っていた女性作業員たちが放射性中毒になった事件が相次いで起きています。米軍はそれを知っていたにもかかわらず、ファンタジア作戦を続行したのです。

放射能中毒になった女性作業員たち
放射能中毒になった女性作業員たち/Credit: ja.wikipedia

また、キツネの体毛に蛍光塗料を塗って効果があるかどうかも問題でした。

戦略チームは獣医師の協力のもと実験を行い、動物の体毛でも蛍光塗料が数日間にわたり残ることを確かめています。

アメリカ市民を相手に実験

戦略チームは、日本人を確実に怖がらせるため、30頭の夜光キツネをワシントンD.C.のロック・クリーク・パークに放し、地元民の反応を調べています。

「もしアメリカ市民がキツネを怖がったら、日本人はもっと怖がるだろう」という理屈でした。

1945年のある夏の夜、夜光キツネは期待通りの成果を挙げて道を駆けまわりました。幽霊のようなキツネを見た通行人は混乱し、恐怖におののいたと報告されています。

当時、警察には「光るキツネに突進されて、叫びながら逃げ惑う人がいる」と目撃者からの通報があったようです。

水泡に帰した「ファンタジア作戦」

しかし最大の問題は、どうやって日本にキツネを送り込むかということでした。

その解決法として、米軍は、沿岸部でキツネを海に落とし、岸まで泳ぎ着かせるという方法を採用しました。ところが、キツネは無事に岸に泳ぎつけたものの蛍光塗料がすべて落ち、ただの濡れ狐になってしまったのです。

蛍光塗料が水で濡れ落ちてしまった
蛍光塗料が水で濡れ落ちてしまった/Credit: pixabay

また、キツネがまったく訓練されていなかったため、日本の町に解き放たれたところで、目論見通りの行動は取れなかったでしょう。戦火の激しい町を避けて、山や森に引きこもったと思われます。

結局、ファンタジア作戦は、キツネに塗った蛍光塗料とともに水の泡となりました。

もし作戦が実行され、当時の日本人が光るキツネを見たらどんな反応をしたでしょう。

米軍の予想通りキツネを悪霊と見たかもしれませんし、反対に吉兆と見て士気を高めたかもしれませんね。

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