錬金術から化学に進化するまで
錬金術から化学に進化するまで / Credit: jp.depositphotos
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金を求めた「錬金術師」の歴史、どのように「化学」は生まれたのか? (2/3)

2021.01.03 Sunday
『NewScientist 起源図鑑』 https://www.amazon.co.jp/New-Scientist-%E8%B5%B7%E6%BA%90%E5%9B%B3%E9%91%91-%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%90%E3%83%B3%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%B8%E3%81%9D%E3%81%AE%E3%82%B4%E3%83%9E%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%80%81%E3%81%BB%E3%81%A8%E3%82%93%E3%81%A9%E3%81%82%E3%82%89%E3%82%86%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2-%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3/dp/4799322079

化学史を変えた「元素周期表」の誕生

1661年、「近代化学の祖」とされるロバート・ボイル(1627〜1691)「4つの元素から万物ができているというのは不正確であり、より科学的な手法で証明しなければならない」と言ったことからすべてが変わりました。

これを実践したのが、フランスの化学者、アントワーヌ・ラボアジェ(1743〜1794)です。

ラボアジェは元素を「それ以上、細かくできないもの」とし、1789年に33個の元素の一覧を発表します。

それ以降、さらに多くの元素が発見され始め、複数の元素を結合させることで化合物ができる、という考えも浸透しました。

ロバート・ボイル
ロバート・ボイル / Credit: ja.wikipedia
ラボアジェ
ラボアジェ / Credit: ja.wikipedia

そして、1869年2月17日、化学史を変える大きな出来事が起こります。

ロシアの化学者、ドミトリ・メンデレーエフ(1834〜1907)はその日、ちょっとした技術指導を頼まれて、チーズ工場に行く予定でした。

ところが彼は約束を取り消して家にこもり、熱に浮かされたようにペンを走らせました。

その晩に書きあがったものこそ、「元素周期表」でした。

この表は、元素をあるパターンや性質ごとにまとめた画期的なもので、現在でも使われています。

学校の授業で「水兵リーベ、ぼくの船、七曲りシップス、クラークか」と覚えさせられたアレですね。

(周期表はこちらから)

メンデレーエフ
メンデレーエフ / Credit: ja.wikipedia

周期表のおかげで、さまざまな観測結果の説明ができただけでなく、予測も立てられるようになりました。

また、メンデレーエフは見つかっていない元素の場所を空白にし、「誰かがいつか見つけるだろう」と予言しました。

例えば、彼はケイ素の下に空白をもうけ、仮に「エカケイ素(エカは一つ下という意味)」としましたが、1886年にドイツの化学者、クレメンス・ヴィンクラーがそれに当たる元素を見つけています。

それが今の「ゲルマニウム」です。

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