視野は「ハンカチで目を覆われている」ようなもの
テネシー野生生物資源局 (TWRA)によると、シカに見られたのは「類皮のう胞(Dermoid)」と呼ばれる症状です。
類皮のう胞とは、本来、体の他の部位に発生するはずの組織からできた良性腫瘍で、人にも見られます。
先天性の症状であり、原因は、母親の胎内での発生異常です。
このシカの場合は、毛包(毛根を包む袋状の上皮組織)の一部が、発生段階であやまって角膜部分に露出したものと思われます。
当局のスターリング・ダニエルズ氏は「これはハンカチで目を覆っているような状態であり、かろうじて昼と夜の区別だけはできているかもしれません。
しかし、自分がどの方向に進んでいるかは、正確に分かっていないでしょう」と指摘します。
健康状態を調べてみると、シカは「EHD(家畜流行性出血性疾患)」に陽性反応を示しました。
この病気はEHDウイルスに感染することで発症し、重度の発熱や組織腫瘍、人を含む動物への恐怖心の喪失などを引き起こします。
発見当時のシカが人の接近をまったく意に介さなかったこと、体外に出血が見られたことは、EHDが原因でした。
また、シカにツノが生えていたことから、少なくとも生後1年以上が経過していることが分かっています。
ノックスビルは、シカの天敵であるコヨーテや、人の狩猟が少ない一方で、車の交通量が多いため、これほど長く生き延びているのは驚異的です。
おそらく、誕生直後の数ヶ月間は親か仲間の世話で成長できたようですが、発見時には周囲にそのような仲間は見当たっていません。
ジョージア大学の獣医科、ニコル・ネメス博士は「類皮のう胞は、成長とともに少しずつ肥大化するので、徐々に狭くなっていく視野に適応できたのかもしれない」と話します。
実際、毛の下には正常な視覚器官がすべて確認できており、元々の視力には問題がありませんでした。
類皮のう胞を患ったシカはほぼ前例がないため、TWRAは保護の上、調査を続けていく予定です。