2羽だけ存在しないガンが描かれていた
『メイドゥム・ギーズ(メイドゥムのガンたち)』の名で知られる同壁画は、1871年に、エジプト南部の遺跡地メイドゥム(Meidum)で発見されました。
壁画は、エジプト第4王朝(BC2613〜BC2498年)に存在したネフェルマート王子と妃イテトの墓に描かれています。
研究主任のアンソニー・ロミリオ氏によると「6羽のガンは、家臣がそれを捕まえて墓地に眠る王子と妃への供え物にする様子を描いた、より大きなワンシーンの一部だった」とのことです。
一方で、これまで多くの研究者たちがこの絵を見てきましたが、未記載のガンが描かれていることには誰一人気づきませんでした。
しかし昨年、エジプト考古博物館(カイロ)に所蔵されている絵を調べていたロミリオ氏は、2羽のガンの体色や模様が現生種のどれにも一致しないことに気づいたのです。
ロミリオ氏は「現生種との違いは、画家の芸術的創造力によって生まれたとも考えられますが、同壁画に見られる他のガンや哺乳類、鳥類は、きわめて写実的に描かれている」と指摘します。
つまり、作者は実物をよく観察して、忠実に模写したと思われるのです。
その中で、2羽のガンだけを想像で描く理由はあるでしょうか。
そこでロミリオ氏は、6羽のガンの形態、色、模様を現生種と詳しく比較調査。
その結果、6羽のガンは、以下の3種に分類されました。
まず、1種目(上図の左上と右下)は、現生する「ハイイロガン(学名:Anser anser)」に一致します。
また、2種目(右上)も、現生種の「マガン(学名:Anser albifrons)」と特定されました。
ところが、3種目(左下)だけは、現生種のどれにも当てはまらないのです。
一番近い種として「アオガン(学名:Branta ruficollis)」があげられますが、体模様のパターンに明らかな違いがあります。
下図を見てください。
真ん中のガンは、壁画(左)を元に復元した姿で、右端は現生する「アオガン」です。
確かに似てはいますが、目尻を走る茶線の太さ、腹部から首元を覆う模様の大きさなどが違います。
このことから、壁画のガンは、この数千年の間に絶滅した種と予想されるのです。
しかし、ロミリオ氏は「残された絵だけで、新種と断定するのは不可能」とします。
今日のアオガンと模様が違っていたか、あるいは作者が模写を誤っただけかもしれませんし、芸術家の気まぐれでこの2羽だけを創作した可能性も否定できません。
現在のエジプトにガンは分布していませんが、当時は草原や水源の豊かな場所も多く、生物多様性のホットスポットとなっていました。
「こうした壁画は、芸術や文化面だけでなく、当時の生態系を教えてくれる点でも貴重な資料となる」と同氏は述べています。