縮んだ湖に適応した「世界最小のクジラ」
縮小した湖にはやがて、他ではみられない多様な軟体動物や甲殻類、海洋哺乳類が生息するようになりました。
ウクライナ国立学士院(National Academy of Sciences of Ukraine)の進化生物学者、パベル・ゴルディン氏は「パラテチス海に生息したクジラやイルカ、アザラシの多くは、外洋で見られるものをそのまま小型化したもの」と言います。
そのうちの1種、絶滅したヒゲクジラ種の「ケトテリウム・リアビニーニ(Cetotherium riabinini)」は、全長が成体でわずか3m。
これは現在のバンドウイルカより1mほど小さく、化石記録に残っているクジラの中では史上最小です。
ゴルディン氏は「小柄な体格が、縮小していく湖への適応に役立ったのでしょう」と説明します。
その一方で、湖の縮小は、周辺の陸上動物にも影響を与えたとされます。
ドイツ・テュービンゲン大学(University of Tübingen)の進化生物学者、マデレーヌ・ベーム氏は「パラテチス海の水位が下がったことで、新たに露出した海岸線が草原となり、陸上生物の進化のホットスポットになった」と指摘します。
湖の南側、今日のイラン西部あたりの地質・化石記録を調べてみると、現在のキリンやゾウの祖先が繁栄していたことが示されました。
ベーム氏は「これらの大型哺乳類が、875万〜625万年前の間に発生した4回の乾燥機に南西方向へと下りていき、アフリカに移動した可能性が高い」と説明します。
つまり、アフリカのサバンナに見られる生物多様性は、パラテチス海の衰退に端を発していると考えられるのです。
哺乳類の繁栄とは対照的に、パラテチス海は悲しい運命をたどりました。
690万〜670万年前の間に、侵食によって湖の南西端に流出口が生じ、水が地中海へと流れ出て、湖が消失してしまったのです。
それまで湖にいた生き物たちがどうなったのでしょうか。
おそらく、その多くは枯渇した湖で死に絶えたか、地中海の環境に適応できず死んでしまったと予想されます。
しかし、一部の生物は今もパラテチス海の生き残りとして、細々と暮らしているかもしれません。