「奇跡の蘇り」はなぜ起きたのか?
ミネソタ大学の救急医学教授であるデビッド・プラマー氏によれば、これと同じケースはきわめて稀ではありますが、時折、報告例があるとのことです。
プラマー氏は、極度の低体温症に陥った患者を蘇生させる専門家で、過去10年間で12件ほど、ジーンさんと同じ症例を扱ったことがあると言います。
プラマー氏の説明では、体温が低下すると、血流が大幅に減少し、体が必要とする酸素量が減っていきます。
これは一種の冬眠のようなもので、体が温まるのと同じ速度で血流が増えれば、自然な回復も可能です。
一方で、水は多くの物質と異なり、液体(水)よりも固体(氷)の方が体積が大きくなります。
この膨張は、寒さにさらされた体の組織にとっては好ましくなく、中身の液体が膨らんで組織が破裂する危険性があるのです。
また、氷の結晶が間違った場所にできてしまうと、細胞膜に針のようなものが突き刺さって、四肢の皮膚や筋肉が黒く変色してしまいます。
これは凍死遺体に必ず見られる現象です。
しかし、ジーンさんの体がどのようにして凍結に耐えたのかは、外見的な観察以外にはデータがないので、何も分かっていません。
ただ、ジーンさんの場合、完全な「凍結状態」には陥っていなかった可能性が指摘されています。
搬送時の体温は27度で、低いとは言え、氷点下ははるかに上回っていました。
これは、比喩的な「骨の髄まで凍りついた状態」とは、天と地ほどの差があります。
あるいは、ジーンさんの体に何か特別な化学的性質があったのかもしれません。
たとえば、南極の海に暮らす「ブラックフィンアイスフィッシュ(学名:Chaenocephalus aceratus)」は、天然の不凍液のような糖タンパク質を作り出して、体の凍結を防いでいます。
ジーンさんの体がこれと似たような働きをした可能性も指摘されています。
それから、彼女が非常な幸運に恵まれたのも確かでしょう。
ジーンさんはその後、何の健康上の問題もなく、今では1980年のあの夜を思い出すこともないそうです。