ダーウィンの予言が見事に的中!
本種の発見については、とてもユニークな歴史があります。
かの有名なイギリスの生物学者、チャールズ・ダーウィン(1809-1882)は、1862年1月に、マダガスカル固有の「アングレカム・セスキペダレ(Angraecum sesquipedale)」というランを入手した時、その非常に長い「距(きょ)」に驚きました。
距とは、花びらの付け根にある筒状突起を指し、内部に蜜腺があります。
しかし、このランの距は平均20〜35センチもあり、普通の昆虫では口吻を挿し入れても蜜を吸うことができません。
極端に細長いコップに対して、ストローが短いようなものです。
アングレカム・セスキペダレの距は、以下の動画でご覧いただけます。
一方で、このランも昆虫に蜜を吸ってもらわなければ、花粉を運んでもらうことができません。
そこでダーウィンは、1862年に発表した自著の中で、「距の奥の蜜腺まで届くほど長い口吻を持つ送粉者の昆虫がいる」旨を予言したのです。
研究者たちの間でダーウィンの説は嘲笑され、そのような昆虫の存在はまったく信じられませんでした。
ところが、ダーウィンの死後の1903年に、彼の予言に当てはまる「蛾(ガ)」がマダガスカル島で発見されたのです。
このガは、ダーウィンの推測通り、非常に長い口吻を持っていました。
それ以後、本種は、アフリカ本土にいるスズメガ科の一種、Xanthopan morganiiに似ていることから、亜種のひとつと考えられ、新たに「キサントパンスズメガ(Xanthopan morganii praedicta)」と名付けられました。
これで一件落着…かと思いきや、今回、研究チームは、キサントパンスズメガが、アフリカ本土にいるスズメガの亜種ではなく、ひとつの独立した種であることを明らかにしました。
野生および博物館に保存されている標本をもとに、DNAバーコーディング(データベース上の既知種のDNAと照合することで、種を同定する技術)を行なった結果、マダガスカルのガと本土のガとでは、主要な遺伝子配列が7.8%も異なることが判明したのです。
また、形態学的な分析をしたところ、両者の間で、生殖器の形状、翅(はね)の形状、色柄など、25個もの違いが特定されたのです。
最も重要な点として、マダガスカル産の個体の方が、口吻が圧倒的に長く、平均して6.6センチもの差がありました。
マダガスカル産の最大個体では、口吻を完全に伸ばすと28.5センチという驚異的な長さに達しています。
これは間違いなく、世界最長の口吻を持つ昆虫であり、アングレカム・セスキペダレとの共進化を示唆します。
結果的に、研究チームは、マダガスカル固有のスズメガを新種として記載し、新たに「Xanthopan praedicta」と命名しました。
種小名のpraedictaは、ダーウィンがその存在を予言(predict)したことに敬意を表しています。
ダーウィンも、自ら予言した昆虫が種として記載されて、草葉の陰で喜んでいることでしょう。