1マイクログラムの「シュレーディンガーの猫」を作ることに成功!
1マイクログラムの「シュレーディンガーの猫」を作ることに成功! / Credit:ETH Zurich . Challenging quantum mechanics with a crystal
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1マイクログラムの目視可能サイズで「シュレーディンガーの猫」の類似実験に成功!

2023.04.18 Tuesday

2023年版「シュレーディンガーの猫」です。

スイス連邦工科大学(ETH Zurich)で行われた研究によって、肉眼でギリギリみえる1マイクログラムのサファイア結晶をシュレーディンガーの猫に期待されていた「量子的な重ね合わせ状態」にすることに成功しました。

これまで量子的な重ね合わせが確認されてきたのは、主に目に見えない小さな世界の物体であり、既存の重ね合わせの最大記録も原子2000個ほどにすぎませんでした。

しかし新たな実験で重ね合わせにされた「1マイクログラムのサファイア結晶」には1京個もの原子が含まれており、肉眼でも認識できるレベルに達しています。

研究者たちは実験手法を改良することで、量子的重ね合わせが達成できる限界値を探ることが可能になると述べています。

ミクロな世界を支配する量子力学は、マクロな世界で通用しなくなる限界値のようなものがあるのでしょうか?

そしてもしある場合、その限界値はいったいどんな法則で定められているのでしょうか?

研究内容の詳細は2023年3月29日に『Physical Review Letters』に掲載されました。

Challenging quantum mechanics with a crystal https://www.phys.ethz.ch/news-and-events/d-phys-news/2023/03/die-quantenmechanik-mit-einem-kristall-testen.html
Macroscopic Quantum Test with Bulk Acoustic Wave Resonators https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.130.133604

「シュレーディンガーの猫」の本当の目的

今では量子世界の不思議さを代表するシュレーディンガーの猫はどのようにしてその地位を獲得したのでしょうか?
今では量子世界の不思議さを代表するシュレーディンガーの猫はどのようにしてその地位を獲得したのでしょうか? / Credit:Canva

量子力学が支配する小さな世界では、1つの量子が異なる2つの状態で重ね合わさったまま存在することが可能になります。

一方、野球ボールや惑星のような大きな物体はアイザック・ニュートンに起源を発する古典力学の法則に従って動きます。

私たちはこの古典力学を主に小学校から高校にかけて学ぶことになっていますが、古典力学は基本的に人間の直感に反しないものとなっています。

たとえば投げたボールがどのように飛ぶかは、ボールが持つ運動エネルギーとボールの場所が判れば1つの線として予測することが可能ですが、この結果を納得するのにそう苦労はいりません。

しかしヒトによって大学以降に学び始めることになる量子力学では、1つの粒子が2つの場所に同時に存在したり、1つの粒子が2つの正反対の状態を同時に持っていたり、さらに「観察によってはじめて状態が確定する」など、人間の直感から逸脱した性質を持つものとなっています。

このような量子力学に納得がいかないと考えているのは一般人に限りません。

相対性理論を発表したアインシュタインも大きな不満を抱いており、「量子的重ね合わせ」や「量子もつれ」に対して「神はサイコロを振らない」や「不気味な遠隔作用」などの名言を残しています。

量子力学の基礎となる波動方程式を考案したシュレーディンガーも実はアインシュタインと同じ側にあり、かの有名な「シュレーディンガーの猫」も量子力学に対する不満を表すために考案されました。

シュレーディンガーの猫はもともと量子力学のあり得なさを強調するために考案された思考実験でした
シュレーディンガーの猫はもともと量子力学のあり得なさを強調するために考案された思考実験でした / Credit:wikipedia

シュレーディンガーの猫では

①1時間以内に50%の確率で崩壊して放射線を発する原子

②放射線を感知して毒を噴出する装置

③猫

④外部からの観測を防ぐ箱

の4要素から成り立っています。

量子力学では1時間後には原子が崩壊している確率と崩壊していない確率が半々の重ね合わせの状態にあり、観察されるまで宇宙には「どちらの状態にあるか」にかんする情報が存在しないことになっています。

しかしそうなると猫というマクロ世界の住人もまた、死んでいる状態と死んでいない状態の両方が、観察するまで重ね合わせになって存在していることになり、シュレーディンガーはこの思考実験を通して(生死が半々なんて)「そんなおかしいことは起こり得ない」と結論しています。

アインシュタインもシュレーディンガーも観察が「されようがされまいが」物体の状態は決まっていると信じており「観察という行為によってはじめてどちらの状態にあるかの情報が宇宙に発生する」という量子力学の理論(コペンハーゲン解釈)を受け入れられなかったのです。

「シュレーディンガーの猫」って結局どういう話なの? モヤモヤする部分を解説!

2人にとって物体の状態は観察前に既に決まっていて、観測はそれを確認するだけの行為であり、物理現象に介入する要素だとは思っていなかったからです。

しかし間違っていたのは2人のほうでした。

2022年にノーベル賞を受賞した「量子もつれ」にかんする研究はその事実を如実に示しています。

量子もつれにある「2つの物体の状態」にかんする情報は「観測が行われる前までは宇宙に存在」せず、観測によってはじめて発生することが示されたからです。

ノーベル物理学賞「量子もつれ」をわかりやすく解説

観測は物理現象の根本に介入して物体の状態を確定させるだけでなく、物体がどんな状態であるかの情報を宇宙に生成する方法でもあったのです。

また近年の研究では量子力学的なあいまいさが原子や分子などミクロ世界の住人だけでなく、巨大な分子複合体でも起こることが示されてきました。

たとえば2019年に行われた二重スリット実験をもとにした実験では、2000個の原子から構成される「1個の巨大な有機化合物を2カ所に同時に存在させる」重ね合わせに成功しています。

また1個の原子が同時に存在する範囲を数メートル離れた2カ所に同時に存在させるという長距離の重ね合わせにも成功しています。

このように、現実世界ではシュレーディンガーが「そんなおかしいことは起こり得ない」と述べていたマクロサイズの重ね合わせに着実に近づいていたのです。

ですが2000個以上の原子を二重スリットをもとに重ね合わせにする方法は限界にきていました。

重ね合わせに状態にする物体が大きく重くなっていくと、存在確率のばらけ方が狭い範囲に集まってしまうため、二重スリットの間隔を短くする必要があったからです。

ですが二重スリットを狭くする加工技術は限界が近くなっており、より大きな物体を重ね合わせにすることは困難になっていました。

しかし状態の重ね合わせを起こす方法は何も二重スリットに頼らずともかまいません。

それこそシュレーディンガーの猫のように、重ね合わせを起こす量子に従って状態が変化する「毒放出装置」や「猫」のような存在を用意できれば、より大きな物体に重ね合わせの結果を連動させることが可能になります。

といっても本当にシュレーディンガーの猫を作って、毒放出装置や猫を用意するわけにはいきません。

オリジナルのシュレーディンガーの猫の実験では、猫が生きているか死んでいるかが決定した後に観察が行われたのか、観察が行われることではじめて猫の生死が確定したのかを知るすべがないからです。

そこで今回、スイス連邦工科大学の研究者たちは、シュレーディンガーの猫を改良した、実験を行うことにしました。

次ページ1マイクログラムの「シュレーディンガーの猫」

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