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Credit:Artistic illustration of an Alice ring, which researchers have just observed for the first time in nature. Credit: Heikka Valja/Aalto University
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現実を歪める量子物体「アリスのリング」を生成することに成功!

2023.09.02 Saturday

『不思議の国のアリス』では、主人公なアリスが迷い込んだ奇妙な世界が描かれています。

この「不思議の国」では常識的な物理法則が崩壊しており、物体のサイズや重さが変化し、時間の流れも簡単に逆転してしまいます。

しかし常識的な物理学の崩壊は、なにも不思議の国の専売特許ではありません。

量子力学の世界では、1つの物体が2つの場所に同時に存在し、何もない場所から粒子が現れては消えていくことが知られています。

そして誰かが観察をしない限り、世界を飛び回る粒子の状態を確定させることもできません。

ですが今回、米国のアマースト大学(AC)によって世界で初めて人工的に作られた「アリスのリング」は数ある量子世界の不思議さの中でも格別なものでした。

「アリスのリング」は物体が通過するとき、またはそれを通して他の物体をみたとき、その性質を変化させるという、極めて異常な性質があることが示唆されたのです。

研究者たちは「アリスのリング」を研究することで宇宙の最も深い構成要素である「物質と情報」の解明につながると述べています。

物体の性質を書き換えてしまう「アリスのリング」の正体とは、いったいどんなものなのでしょうか?

研究内容の詳細は2023年8月29日に『Nature Communications』にて公開されました。

Quantum discovery offers glimpse into other-worldly realm https://www.aalto.fi/en/news/quantum-discovery-offers-glimpse-into-other-worldly-realm
Observation of an Alice ring in a Bose–Einstein condensate https://www.nature.com/articles/s41467-023-40710-2

現実を歪める量子物体「アリスのリング」を生成することに成功!

不思議の国のアリスから名前がとられた「アリスのリング」は現実離れした性質を持っていました
不思議の国のアリスから名前がとられた「アリスのリング」は現実離れした性質を持っていました / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

「アリスのリング」とは何なのか?

答えを理解するにはまず「1つの極しか持たない磁石」について知る必要があります。

誰もが知る通り磁石はN極とS極の2つの極が存在しています。

また普通の磁石をどんなに細かく割っても、N極とS極を単独で抽出することはできません。

磁石の内部は無数のミニ磁石が一定方向に向かって並んでおり、今ある端は特別なものではなく、たまたま端になっただけに過ぎないからです。

ですが量子の世界には、N極やS極のように1つの極だけを持つ、単極磁石(モノポール)と呼ばれる物体が存在することが判っています。

米国のアマースト大学では以前から単極磁石の研究を行っており、2015年に『Science』に掲載された研究では、絶対零度に冷却したルビジウム原子のガスを磁力で操作することで、磁力の流れに特異点を生成し、量子レベル(極小サイズ)の単極磁石を作ることに成功しています。

特異点とは現行の物理理論が破綻している場所を指します。

磁気の流れの中に特異点がうまれると、単極磁石(モノポール)が生成されることがある
磁気の流れの中に特異点がうまれると、単極磁石(モノポール)が生成されることがある / Credit:トポロジカル欠陥と生命現象

こうした「特異点」としてもっとも有名なのはブラックホール内部ですが、今回の特異点は、上の図のように、磁力線の流れにある種の収束が生じる黒い点の部分を示します。

他の部分では磁力の方向を線(ベクトル)で表現できますが、黒い点の部分では磁力はどの方向も向けずに、特異な点として存在します。

そして特異点が発生した場所では、磁場が数学的に説明できない挙動に陥り、特定の条件で不思議な単極磁石としての性質を獲得するのです。

今回の研究では、この単極磁石がその後どんな運命を辿るかを調べることから始まりました。

ただ単極磁石は極めて不安定な存在であり、わずか数ミリ秒ほどで崩壊してしまうため、調査に当たっては高精度のカメラが準備されました。

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Credit:Alina Blinova et al . Observation of an Alice ring in a Bose–Einstein condensate . Nature Communications (2023)

結果、単極磁石が崩壊するにつれて、上の図のような、リング状の構造が出現することが判明します。

そして、このリング状の存在の性質を調べたところ「アリスのリング」として知られる存在であることが判明しました。

アリスのリングはいくつかの大統一理論に現れる存在であり、理論が正しければ、不思議の国への入口としか言いようのない、奇妙な性質を持つことが知られています。

大統一理論は宇宙に存在する4種類の力(電磁気力、弱い力、強い力、重力)のうち、重力を除く3つの力の挙動を統一する理論であり、物理学者が夢見る「万物の法則」の一歩手前の段階となっています。
大統一理論は宇宙に存在する4種類の力(電磁気力、弱い力、強い力、重力)のうち、重力を除く3つの力の挙動を統一する理論であり、物理学者が夢見る「万物の法則」の一歩手前の段階となっています。 / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

その代表的な性質が、リング内部を通過した単極磁石やリングを通してみる単極磁石の極性が反転するという、説明できない現象です。

そこで研究者たちは観測された「アリスのリング」をシミュレーション空間で再現し、内部に単極磁石を通過させてみました。

すると予想通り「アリスのリング」を通過した単極磁石は別の極に変化を起こし、同時に「アリスのリング」自身が持つ極も反対のものに変化していました。

研究者の1人は「遠くから見るとアリスのリングは単なる(崩れかけの)単極磁石にしか見えませんが、リングの中心をのぞき込むと、世界が別の形をしている」と述べています。

この結果はこれまで理論上の存在と考えられてきた、物体の性質を反転させる「アリスのリング」が現実世界に存在することを示します。

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Credit:Canva . ナゾロジー編集部

研究者たちは「アリスのリング」の存在は現実の構造そのものに疑問を投げかけるものであり、理解が進めば宇宙を構成する「物質や情報」の探求に重要な役割を果たすと述べています。

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