歌川国貞『御祝七五三源氏の寿』、現代こそ七五三はただのイベントと化しているが、「7歳までは神の子」と言われていた当時は大切な通過儀礼だった
歌川国貞『御祝七五三源氏の寿』、現代こそ七五三はただのイベントと化しているが、「7歳までは神の子」と言われていた当時は大切な通過儀礼だった / credit: KUMON NOW
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江戸時代の避妊・中絶方法とはどんなものだったのか? (2/3)

2023.12.24 Sunday

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中絶と同じくらい行われた子殺し

青蓮寺(群馬県太田市)の間引き絵馬、当時はこの絵馬のように産まれた子どもを殺すことは珍しくなかった
青蓮寺(群馬県太田市)の間引き絵馬、当時はこの絵馬のように産まれた子どもを殺すことは珍しくなかった / credit: 太田市

またこの時代において、堕胎よりも出産後の間引きが母体にとっては安全な方法であったということもあり、農村部では、「嬰児殺し」(間引き)が広く行われていました。

間引きの方法には、直接的な手法として口に濡れ紙を当てたり手で口をふさいだりする方法があり、ネグレクト的な手法として乳を与えずに放置する方法も存在しました。

間引く子供の選別においては、特に女子が対象とされ、当時の文学や教訓の中にもその実態が表れています。

江戸時代は男子の方が家の継承や労働力として期待されていたため、女子が捨てられるケースが多かったのです。

また、障害児に関しては、信仰やタブーが影響していた時代背景があり、共同体の生産性や災厄からの回避という観点から積極的に間引きされていました。

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