人間は本来幸せを感じることはできない

psychology 2019/07/23
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『幸せになるために』、『ポジティブ思考のコツ』…などなど、書店には幸福に関連する書籍が所狭しと並べられています。こうした「幸福産業」が発展してきた背景には、「人は幸せになるために生きている」という思い込みが存在します。

物質的・生物学的な欲求がすべて満たされたとしても、いつも幸福でいることは容易なことではありません。すべてを手に入れたかに見える成功者でも、本当に幸せを感じるられる時は限られています。

それもそのはずで、実は幸福は人が作り出した概念に過ぎず、生物学的根拠が存在しないのです。

自然と進化

人間は、幸せになるようにできているわけでもなければ、まして満足するためにできているわけでもありません。その代りに、自然界に存在する他の生物と同じように、生きて子孫を残すためにこの世に存在しています。

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物事に満足することは、生存への脅威に対する防衛体制を弱めることにつながります。このため進化は、実行や分析を司る前頭葉の発達を、幸せでいようとする能力よりも優先してきました

脳のさまざまな領域や回路は特定の神経学的・知的機能に結びついていますが、神経学的根拠を持たない概念である幸福は脳組織のどこにも組み込まれていません。

事実、進化の過程の中で自然が憂鬱を除去することができなかったのは、順応としての憂鬱が逆境に直面している時は必要な役割を果たすからだと、科学者たちは考えてきました。憂鬱は、危険で絶望的な状況から遠ざかるよう促すことこそが、憂鬱の役割なのです。

道徳性

現代社会に蔓延する幸福追求の概念は、「私たちが経験する不幸には道徳的理由がある」というキリスト教の行動規範が元になっています。つまり、不幸は自分自身の道徳の欠如、わがまま、物質主義によって生まれるため、放棄、分離、欲望の抑制によって心のバランスを保つことが大切だという考え方です。

でも現実には、これらの戦略が不幸を解決してくれるとは限りません。そこで、不幸は自分自身のせいなどではなく、私たちの設計図にもともと刻まれた自然のものだということを認識することが重要になります。

「道徳的に正しい方法で幸福を追求すべき」と考える人々は、向精神薬などの楽な方法を使う幸福への近道を否定します。幸福は、初めから自然に備わっているものではなく、獲得すべきものなのです。

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現実には幸福や満足をもたらしてくれる魔法の薬など存在しないので、問題はそれが違法であるということよりも、それが不可能だということになります。薬によって心の状態を変えることは可能ですが、幸福そのものは特定の脳機能のパターンに結びついていないため、それを化学的に再現することはそもそも無理なのです。

幸福と不幸

私たちの感情は、混沌として不純で、混乱して絡まり合った、時には矛盾だらけのものです。これまでの研究では、ポジティブな感情とネガティブな感情は、相互に独立して脳内に同時に存在できることが示されています。ネガティブな感情は右脳で、ポジティブな感情は左脳で、優先的に処理されます。

ということは、「私たちは常に幸せを感じるようにはできていない」ということを覚えておくことは、かなり重要です。「生きて子孫を残す」という難題に取り組む中で、私たちにはもがき、奮闘し、満足と安全を求め、脅威や痛みを避けることが求められます。

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喜びと痛みの共存によってもたらされる感情の競合は、決して手が届くことのない幸福という幻想に比べれば、ずっと現実にマッチしています。

実際、「痛みはすべて悪者だ」と思い込むと、不満や挫折感が強化されるといわれています。痛みもまた必要悪であることを理解することが大切です。

「幸福など存在しない」という仮定は一見ネガティブに聞こえるかもしれませんが、幸福を感じられないことで自分を責めたり、「その『欠点』を直さなければ」と考える必要などまったくないことを理解しておくことは、1つの人生の知恵になるでしょう。喜びと痛みが渾然一体となったところにこそ、人間らしさが存在しているのですから。

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reference: neurosciencenews / written by まりえってぃ

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