「真空の力」を使って物体を動かすことに成功!2つの真空間に働くカシミール効果とは?

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無のエネルギーは真空のエネルギー、またはゼロポイントエネルギーとも言われる/Credit:depositphotos
point
  • この宇宙に完全な真空は存在せず空間はエネルギーに満ちている
  • そのため大きい空間が小さな空間を押すことができるカシミール効果が存在する
  • カシミール効果による真空の力で直系3.5cmの金属膜に圧を加えて変形させられた
  • 将来の顕微鏡サイズの部品にとって真空の力で稼働する部品は重要になる

人類は自然界にある様々な「力」を操って科学文明を発達させてきました。

近年においては音波を利用して物体を移動する「音響ピンセット」や、レーザーを照射することで命中した物体を移動させる「光ピンセット」などが開発されています。

ですが今回、研究者は無の力(真空の力)を使って物質を移動・変形させることに成功しました。

研究者たちは真空の力を引き出す装置を組み立て、装置内部に設置された直系3.8cmの薄い金属膜を平坦な状態から、おわん型に湾曲した状態に力を与えて変形させたのです。

「無の力による物体の制御と操作」…は、いつの間にかSF世界から現実のものになっていたようです。

しかし、いったい研究者たちはどのように真空から力を取り出し、金属膜を変形させたのでしょうか?

真空はエネルギーに満ちている

カシミール効果は真空の力によって生じる/Credit:wikipedia

真空の力を理解するには、この宇宙には真の意味での真空がないということを知る必要があります。

ある空間から全ての原子や電子を取り去り、絶対零度まで冷却したとしても、その空間のエネルギーはゼロにならず、空間内部では仮想粒子や光子の生成と消滅が繰り返されています。

これらの絶対零度の真空状態でも生じる力は「真空の力」あるいは「ゼロポイントエネルギー」と言われています。

なぜ一切の物体や熱エネルギーのない空間で粒子や光子の生成と消滅が繰り返されるのか疑問に思うかもしれません。

これは簡単に言えば、ビックバンから続く宇宙の進化の中で、現在の空間は、まだまだ何もない所から粒子や光子を生成する「元気」があるから…と言えます。

1943年、オランダのカシミール氏は、この現象を確かめる実験を行いました。

実験装置の中核部分は上の図のように極めてシンプルで、僅かな隙間をあけて並んだ2枚の板からなります。

カシミール氏は、外側の大きな空間から発する真空の力が、板の間の小さな空間で生じる真空の力を上回っていると考えたのです。

実際に実験を行い板にかかる圧力を計測した結果、カシミール氏の仮説の正しさが証明されました。

板と板の間の空間を狭めば狭むほど、外部の真空の力と内部の真空の力の間に差が開き、隙間の距離が10nmに達した時、隙間を押し潰そうとする力は1気圧にも達したのです。

真空の力は目にはみえませんが、条件次第では非常に大きな力になることがわかりました。

そしてこの真空の力の差にはカシミール氏の名をとって「カシミール効果」と名がつけられました

2枚の板の一方を固定し他方を柔軟な金属膜に変える

元となるカシミール効果を構成していた2枚の板を固定された土台と柔軟な金属膜に変更する/Credit:nature physics

真空の力の差が生み出すカシミール効果の発見は物理学界に大きな衝撃を与えました。

しかし残念ながら、これまでカシミール効果の研究や利用は学術的な分野に限られていたとのこと。

一方、近年のナノテクノロジーの進歩により、顕微鏡サイズのセンサーやスイッチ、増幅器(アンプ)、光子発信源などが実用化されました。

その結果「微小な空間さえ作れれば力学的な力が無から発生する」というカシミール効果を、これら顕微鏡サイズのシステムに組み込めないかという模索が行われるようになりはじめます。

そこでアメリカ、カリフォルニア大学の研究者は、カシミール効果を使って力学的な力をうみだし物体を移動させる基礎実験を行うことにしました。

ただ原始的なカシミール効果を証明する装置では力学的な力は取り出せません。

そこで研究者たちは上の図のように、本来は硬い金属板である「板」の一方を固定された土台とし、もう一方の板にあたる部分を、直系3.8cmの金メッキがされた窒化ケイ素からなる金属膜に変更しました。

この状態で金属膜と土台を近づけていくとカシミール効果によって薄い金属膜は湾曲します。

このとき土台が台形になっているのは、湾曲する形をお椀型にするためです。

土台を台形にすることで、金属膜の中央には強いカシミール効果が生じます。

この実験は原始的なカシミール効果の実験に使われる2枚の板を、一方を不動の土台に、そしてもう一方を金属膜にしただけというシンプルなものです。

しかしながら結果として、カシミール力は3.8cmの金属膜という巨視的な物体を動かすという仕事を成し遂げました。

さらに金属膜と土台の距離を調節することで、金属膜にかかる圧力を制御し、ヘコミの深さを自由に変えることにも成功しました。

なお、今回の研究で最も特異である点は、金属膜の変形する瞬間においては、古典物理学的な手法を一切使わなかった点があげられます。

金属膜がへこむ瞬間は、磁力も電力も光子も電子も分子も原子も、その他一切の古典物理世界的存在の力を借りず、真空の力だけが働いていました。

カシミール効果は古典物理学的な力を一切使わず物体を移動できる

カシミール効果からエネルギーを取り出すことができるが永久機関にはならない/Credit:nature physics

今回の研究ではカシミール効果により巨視的な物体を移動させることに成功しました。

しかしカシミール効果は(残念ながら)永久機関にはなりえません。

例えば上のような装置を作ったとします(以下はあくまで架空の例です)。

この装置では、変形する金属膜の下に部品を取り付け、カシミール効果で上から押し込まれる圧力を、土台の内部に仕込んだ発電モーターを回す力に変換します。

こうすることで、発電の瞬間に限れば「真空の力」に由来する力を使うことになります。

ですがこの装置の場合、金属膜を土台に近づけたり遠ざけたりする動きは、外部の別の力に頼っています。

そのため、このような外部の力を合算した場合、カシミール効果で得られるエネルギーは、カシミール効果が起こる状況にするのに必要な状態を作るエネルギーよりも少なくなってしまうのです。

しかしながら、最後の一押しにのみ限定すれば、古典的なあらゆる物理量に依存しないまま金属膜を動かせた…という事実は変りません。

カシミール効果は永久機関にはなりえませんが、将来における顕微鏡サイズのデバイスの微小な駆動部品にとって、必要不可欠な現象になるかもしれませんね。

 

研究内容はアメリカ、カリフォルニア大学のJMパテ氏らによってまとめられ、8月3日に学術雑誌「Nature physics」に掲載されました。

Casimir spring and dilution in macroscopic cavity optomechanics
https://www.nature.com/articles/s41567-020-0975-9

 

Casimir spring and dilution in macroscopic cavity optomechanics
https://arxiv.org/pdf/2004.05983.pdf
reference: sciencealert / written by katsu
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