実現されつつあった「量子コンピュータ」は、放射線によって機能が制限されると判明

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IBMが開発した53量子ビットの量子コンピューター。既存のコンピューターとは大きく見た目が異なる/Credit:IBM

reference: scitechdaily

量子コンピュータがノートパソコンのように一般に普及する未来は、残念ながら叶わないかもしれません。

8月26日に学術雑誌「Nature」に掲載された論文によると、量子コンピュータの核である量子ビットの「量子もつれ」が宇宙放射線をはじめとする環境放射線によって容易に破壊されることが明らかになりました。

もし環境放射線問題が解決されない場合、量子コンピューターの性能を維持するには分厚い鉛の壁で放射線を遮断するか、粒子加速器のように地中深くに埋めるしかなくなります。

実際、今回の実験でも、環境放射線の影響を遮断するために、2トンもの鉛を使わざるを得ませんでした。

私たちの身近に存在するパソコンを、量子コンピュータに置き換えるような未来は本当に訪れないのでしょうか?

の性能を決めるもの

Credit:ナゾロジー

は上の図のように「0」と「1」の状態を重ね合わせる量子ビットによって構成されています。

既存のコンピュータのビットは「0」か「1」のどちらかの情報しか持たないので、2ビットの計算結果を表すには上図のように4通りの計算をしなければなりません。

しかしの2量子ビットの場合は、「量子もつれ」により「0」と「1」の状態が同時に存在しているので1通りの計算で終わります。

従来では4通りの計算をしなければならないのに、1回の計算ですべての結果を表現する不思議な性質をは持つのです。

まるでSF世界のような話ですが、は、組み合わせの数だけ複数の世界で同時並行的計算を行っている、と考える科学者までいるとのこと。

平行世界で行われた計算は、終わった瞬間に現実世界で1つに収束します。

しかし、現実世界で観測できる計算結果は完全にランダムなので、計算を高速化させるには求める計算結果を得られるように工夫したアルゴリズムが必要なのです。

また、の性能においては量子ビットやアルゴリズムの性能だけでなく、各量子ビットが「量子もつれ」状態でいられる時間的な長さも重要になっています。

は計算時間こそ一瞬ですが、入力したアルゴリズムを走らせて各量子ビットに条件を与えるなど、計算そのもの以外に時間が必要となってきます。

そのため「量子もつれ」状態の維持時間が短すぎる場合、計算の設定が間に合わず、多数の量子ビットも宝の持ち腐れになってしまうのです。

ただの性能は日進月歩であり、1999年には1ナノ秒未満であったもつれの維持時間も、現在においては最大で200マイクロ秒まで飛躍的に伸びてきています。

このまま量子ビットの数も、「量子もつれ」の維持時間も伸びて行けば、は無限に近い性能を発揮できる…はずでした。

しかしそこには大きな壁が立ちふさがっていたのです。

量子ビットの「量子もつれ」状態は簡単に破壊されてしまう

環境放射線を遮断するには厚さ10cmの鉛の壁が必要だった/Credit:nature

の核である量子ビットの「量子もつれ」状態は、非常にデリケートであることが知られていました。

「量子もつれ」が崩壊してしまえば、演算結果はエラーとなり正しい答えは得られません。

そのため現在のの多くは内部的なノイズを減らし量子ビットの安定性を保つために、絶対零度に近い極低温状態に保たれています。

しかし性能が上昇して「量子もつれ」の維持時間の限界値が伸びるにつれ新たな問題が現れました。

宇宙空間から地球に降り注ぐ極めて貫通力の高いをはじめとした環境放射線が量子ビットのもつれ状態の維持に深刻なダメージを与えていることが判明したのです。実際、で生じるエラーの10回に1回はこの環境放射線が原因だったとのこと。

そこでアメリカ、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者たちは、環境放射線が量子ビットに与える影響を本格的に調べることにしました。

実験にあたっては上の図のような装置が使われました。

を中心に置いて、周囲を上下移動可能な重さ2トンの鉛のシールドで覆ったのです。

こうすることで、環境放射線がある状態とない状態を自在に作り出すことが可能となり、環境放射線の影響度を正確に測定できます。

結果、現在の地球の地表においては環境放射線の影響により、「量子もつれ」状態は4マイクロ秒が限度であることがわかりました。

最新のーは既に計算上は200マイクロ秒以上のもつれの維持が可能となっていますが、機械内部のノイズを全て取り除いたとしても、環境放射線のもたらす影響のせいで安定稼働時間は50分の1以下に限定されていることがわかりました。

量子のもつれを放射線から守る方法

日本の自然放射線量は他国と比べて低い/Credit:東北大学

今回の研究により、の性能が現状で頭打ちであることが明らかになりました。

上の表には世界各国の平均的な環境放射線の量を示しています。

地球上の都市は宇宙からの放射線以外に、地殻に含まれる微量の放射線や、建物の建材に使われるコンクリートに含まれる放射性物質にさらされています。

そのため現状でとれる解決策としては、分厚い鉛のシールドで覆うか、放射線量の少ない地域の大深度地下に埋めるしか回避する方法がありません。

しかし著者の一人であるオリバー氏は状況の困難さを認めつつも、ゲームオーバーだと諦めるにはまだ早いと述べています。

「量子もつれ」状態の強靭性を向上する技術が開発されれば、環境放射線に対抗できるかもしれないからです。

人類は進歩によって1ナノ秒が限度だった量子的もつれ状態の維持時間を数百マイクロ秒に伸ばす技術を開発しました。

新たに発見された4マイクロ秒の制限も、いつかはきっと、乗り越えることができると研究者たちは考えています。

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