なぜ生んだ?反出生主義者の「深層心理」を心理学的に分析してみた

society 2019/04/09
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今年2月初め、インドから衝撃的なニュースが報告されました。インドの青年が、なんと「承諾なしで自分を産んだ罪」で両親を訴えたというのです。

「本人の同意なしになぜ生んだ?」インドの男性が両親を告訴へ | ハフポスト
https://www.huffingtonpost.jp/2019/02/07/antinatalist-sue-parents_a_23663582/

一見すると荒唐無稽に思えるこの主張ですが、今ネットを中心に存在感を増してきています。

反出生主義とは、「人間は繁殖すべきではない」とする哲学的な立場です。一体彼らはなぜ、そのような考えに至ったのでしょうか?

この疑問について、元臨床心理士で、ブログ「星乃かたちみ」を運営している春井星乃さんに話を聞きました。

反出生主義はなぜ生まれた?

――いや〜ここ数年、ネット上で反出生主義の声をよく聞くなーとは思っていましたが、ついにこんな訴訟が起こってしまうとは…。

反出生主義的な思想自体は、19世紀の哲学者ショーペンハウアーも言及しているし、新しいものではないですよね。

ただ今回の件は、インドの社会背景も関わっているっぽいなと思いました。現在インドでは人口がかなりの速度で増加していて、現在13億人いる世界第1位の中国を追い越しそうな勢いです。

それに、インドでは「親を敬うべき」という考えが非常に強いらしいですから、そのような背景に対する一つの問題提起なのではないでしょうか。

星乃さんは元臨床心理士で、カウンセリングもおこなっていますよね。カウンセラーからみて、この反出生主義はどう映りましたか?

星乃:おっしゃるようにインド独特の社会背景もあると思いますが、この反出生主義の登場には、人類共通の「親子関係と子供の意識発達」の問題と、世界的な時代の流れの2つが関係していると思っています。

――なるほど世界的…。冒頭でも言いましたが、日本でも、特にネット上ではどんどん反出生主義に関する声が大きくなっているみたいですね。Google検索でも数年前から右肩上がりで増えています。

「生まれたくなかった」ある女性の苦しみ

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――そういえば星乃さんは、実際に反出生主義の人にお会いしたことがあるんですか?

星乃:さすがに「私は反出生主義です」と公言している方にお会いしたことはないけれど、「こんなに苦しいのなら生まれたくなかった」とずっと言っていた女性の患者さんはいましたね。

その方は、子供の時から常に母親の顔色を伺い、母親の愚痴を聞き励まし、母親の人生観をそっくりそのままコピーしたような生き方をしてきた方でした。

カウンセリングを始めたころは、ご自分の症状がその母親の影響から生じていることに気づかず、いつも「お母さんがかわいそう」「お母さんがどう思うか」というようなことを言っていました。

母親の影響に気づいてからも、母親を否定することに抵抗がありましたが、母親と離れ、母親を客観的に見ることができるようになって、やっと症状もよくなっていったんです。

――少し前からやっと「毒親」という言葉が出て来ましたが、親を否定するって勇気いりますもんね…。その方はどうして「生まれたくなかった」となったんでしょう?

星乃:そうですね、彼女の場合、母親との関係で作られた「生きている価値がない自分」という自己イメージや、母親の考え方で生きてしまっていることで、うつなどの症状が生じていました。それなのに、母親の人生観・世界観から出ること、母親を否定することは彼女にとっては、そのまま自分を否定することになってしまうんですね。

子供というのは、親との関係の中で自分の自我の基盤を作るものなんですが、親が子供の自立性や主体性を尊重せず、自分の考えを押し付けすぎたりすると、子供は過度に親と自己同一化して生きるしかなくなるのです。

すると、親を否定することは自分を否定することとなってしまうのですね。その逃げ場のないダブルバインド的な状況が「生まれたくなかった」という感情を引き起こすのではないかと思います。

――なるほど。もう八方塞がりで、逃げ場が「自分を産まなければよかったのに」しかなくなるんだ。

星乃:そうなんです。つまり、何をやってもうまく行かず、人生がこれからよくなる希望も一切持てない。そして、なんとなく親の影響があるのかとも思うけども、親の子育ての仕方を否定することもできない。親のせいにする自分に罪悪感も感じる。

だから、「親がそもそも産まなければ、自分も親も辛い思いをしなくて済んだのに」となっていくんですね。

具体的な親の自分に対する態度や言葉を批判するよりも、産む産まないという議論の方が問題の本質に届かない表面的なものになるから、親も自分もそこまで傷つかずに済むということなのかもしれません。

――うわ、なんか心の奥深くにグサグサ刺さるものが…。本質的なことに対する議論から逃げている、ということなんですね。

「親は神」という社会背景と子供の抵抗

――そういえばインドでは、親が神のように扱われるらしいです。子供はただでさえ自分のことで大変なのに、親のことまで考えなきゃいけないなんて本当に生きにくい社会ですね…。

星乃:そうですね。子供は親を客観的に見て、否定するべきところは否定して、自己を育てて行かなければならないんだけれども、それが「親不孝」と捉えられ批判の対象となるなら、子供は本当にどうしようもなくなります。

その親絶対主義の僅かなスキをついた、子供からの精一杯の抵抗がインドの反出生主義なのかもしれませんね。

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――精一杯の抵抗か…。実は私も反出生主義には共感できる部分があったのですが、その理由が少し分かった気がします。

でも反出生主義は日本…特にネット上でも流行っているように思うんですが、日本の流行はどのような背景があるんでしょうか?

星乃:日本でもインドほどではないけれど、やっぱり親は敬うべきという無意識的な圧力ってありますよね。さっきお話した患者さんもそれに苦しんでいたわけですし。

ただ、個人的にはそういう親子関係と意識発達のシステムが関係しているように思うのだけれど、世界的な時代の流れの影響もあるのではないでしょうか。

反出生主義というのは、人生に希望が全く持てないということから来ているように思うんだけれど、今の時代がまさに、人生に希望が全く持てない、人生の価値が全く見えない時代なんですよね。これは70年代からのポストモダンの影響が大きいんじゃないかな。

――希望が持てないというのもありますし、昔と違って「こう生きるのがベスト」みたいな規範や価値が相対化されているのもありますよね。ここにポストモダンがどう影響してくるのでしょうか?

星乃:モダンとは近代という意味なので、ポストモダンとは近代以降という意味です。近代というのは、科学が発達してきた産業革命以降から第二次世界大戦くらいまでを指すのだけど、そのくらいのときって、人類は科学によって豊かで皆が幸せに暮らせる時代がやってくるという期待を持っていたんです。

でも、そんなことには全くなってこなかったでしょ。だから、社会や人類全体がどうかという大きな視点を持つことに興味を持てなくなっていった。

そして、同時に思想界では、そもそも人間には主体性なんてなくて、ただ無意識のシステムに動かされているだけの存在とする考え方が出てきたのね。そうなると、価値観なんて人それぞれでいいってことになって、人類共通の真実や価値なんて存在しないという考えが主流になったんです。これがポストモダンの相対主義ってやつです。

――なるほど。そもそも今の時代は「絶対的な人生の価値なんてない」ってことになっているんですね。

星乃:そうなんです。そして、人間は無意識のシステムに動かされているだけの存在なんだから、当然「成長」というのも幻想にすぎない。人生に価値を見出すのも個人が勝手にやってるだけで、本当は意味がないかもしれない。

脳科学からしたら、人間の意識でさえただのシナプスの化学反応に過ぎないかもしれないわけです。そんな考えが、特に今のアカデミズムでは主流になっているんですから、社会の風潮もそれに影響を受けて、「生きていることなんて意味がない」ということになっていきますよね。

しかも、現在は格差社会で、貧富の差がどんどん開いていっています。生活に余裕のない人が増えていますし、努力しても一発逆転なんて夢のまた夢という状況です。それでは、人生に希望なんか持てるわけないですよね。

あー、その反映としての今回の反出生主義の流行なわけですね。

人生を少しでも楽に生きるには?

――…あのですね、だんだん話を聞くにつれ人生に絶望してきたんですが…。本当に人間には成長もないし、生きる意味もないんでしょうか?

星乃:そんな死んだ魚のような目をしないで(笑)。私はそうは思っていません。そのことについては、近々発売する本で詳しく書いているので、興味がある方は読んでいただけたら嬉しいです。

――お、いいところでサラっと宣伝入れましたね(笑)。

星乃:ふふ。やっぱり、人生を少しでも楽に幸せに生きるためには、まず父親母親はどういう人なのか、自分は親や家庭環境からどういう影響を受けて育ってきたのかをよく見極めて、それと自分とはまったく別物なんだとすることが大切なんです。

それができずに親の影響をそのまま生きてしまうと、様々な精神病理や生きにくさが生じてきます。

その上で、自分の心の奥から出てくる欲求や不安、好き嫌い、楽しいこと怖いことなどをよく見てみることです。そこに、必ず本当の自分につながる鍵があります。

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――でも言っちゃアレですが、そういう風に考える力がすでに無くて、自分ではどうしようもないほど追い込まれている人もいますよね?そういう人の中にも反出生主義になる人がいると思うんですよね。

星乃:そうですね。そういう方は、なんとか最後の力を振り絞って、信頼できる人に助けを求めていただきたいと思います。もしそういう人がいなければ、まずは信頼できる臨床心理士を探してみてください。

たとえば精神科医で自傷行為などの研究をされている松本俊彦さんは、信頼できる大人は10人中3人くらいしかいないから、少なくとも8人には助けを求めてほしいとおっしゃっているそうです。私も本当にそう思います。

私の患者さんにも、「私に会っていなければ死んでいた」と言ってくださる方もいました。本当に切羽詰まっている人は、助けてくれる人が見つかるまで、諦めないでいただきたいです。

――もちろん苦しみの程度の差はあると思いますが、親からの影響を意識化して、自分の本質的な部分を探ること、そしてそれもできない場合は助けを求めることが大切なんですね。

今日は難しくて重いテーマだったのでどうなることかと思いましたが、優しい締めでなんだかこちらが救われた思いです…。今日はありがとうございました。

 

【編集部よりお知らせ】
今回お話してくださった星乃さんと、ナゾロジー編集長maxim、そして半田広宣さんが共著で書いた本が4/15(月)に発売されます!
「ぼっち」な私たちが、現代の生きづらさ、孤独感の中で生き抜くにはどうしたらいいのか?誰もが知る映画の評論を通し、量子論、哲学、神話、心理学の知識が一つにつながります。最先端なぼっちのための宇宙論です。
・『君の名は。』
・『新世紀エヴァンゲリオン』
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