骨髄移植した男性の精液から「ドナーのDNA」しか検出されない事態が発生

science_technology 2019/12/10
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  • 骨髄移植を受けた男性の精液を鑑定したところ、ドナーのDNAのみが検出された
  • この男性は過去にパイプカット手術を受けており、これが精液内のDNAがドナーのみとなった原因と考えられる
  • 医学的に悪影響はないものの、こうしたDNAの混在は法医学の犯罪捜査に混乱を起こす恐れがある

「ドナーの人格の一部が患者に乗り移った」というようなオカルト話は、臓器移植ではよく耳にします。意識はともかく、移植を行うことで、患者は身体の一部にドナーのDNAを混入させることになります。

特に白血病などの治療で重要な骨髄移植は、血液を生産する造血幹細胞を移植するので血液に乗って身体の各部にドナーのDNAが現れることがあります

ただしこれは、医学的には何の問題もありません。すでに成長した人間の身体に他人のDNAが現れたとしても、それが移植患者の身体の構造を変えてしまったり、性格を変えてしまうということは基本的にありえないからです。

そのため、移植によりドナーのDNAがどこに現れるか、という問題については特に詳細な調査が行われたことはありませんでした。

しかし、DNAを鑑定し証拠として法廷に提出する法医学の世界ではそうも言っていられません。

そこで、米国のネバダ州ワシュー郡にある犯罪研究所は、同州でドイツ人男性のドナーから骨髄移植を受けた男性クリス・ロング氏の協力の下、身体の各部にどのようにドナーのDNAが現れるかの調査を行いました。

すると驚きの発見があったのです。移植から4年後の検査でロング氏の精液サンプルを鑑定した結果、なんと検出されたDNAが完全にドナーとなったドイツ人男性のものになっていたというのです。

骨髄移植によるDNAの混在

骨髄移植の様子。/Credit:depositphotos

骨髄は血液の生産を行っている組織で、骨髄移植とは、造血幹細胞の移植を意味しています。

そのため骨髄移植を行うと血液にドナーのDNAが現れるようになります。これは特に有害なものではなく、医療分野では当たり前と考えられているものです。

今回、調査が行われたネバダ州リノ市在住のクリス・ロング氏は、急性骨髄性白血病の治療のためにドイツ人男性のドナーから提供された骨髄の移植を行いました。

移植から数ヶ月経過後、ロング氏は法医学研究室を運営する知り合いの要請で移植の影響で身体に現れるドナーのDNAの調査に協力することになりました。

この結果、唇や頬、舌から採取した唾液などにドナーのDNAが確認されました。一方、胸や頭髪からはロング氏のみのDNAしか検出されませんでした。

こうした移植により、どこにドナーのDNAが現れるかといった問題は、犯罪捜査でDNA鑑定を行う法医学者にとっては重要な情報となります。

造血幹細胞が作る血球分化図。/Credit:FujiMan Production/Wikipedia Commons

こうしてロング氏は定期的にDNAの検査を長期間受けることになったのです。

そして、骨髄移植を受けてから4年後、彼の精液サンプルをDNA鑑定したところ、そこからはドナーのDNAしか検出されないという問題が発覚したのです。

置き換わった精液のDNA

これは一見、非常識なことのように思えます。「骨髄移植の影響で生まれる子供が、まったく他人のDNAによる子供になってしまうのではないか」と考えてしまう人もいるでしょう。

しかし、専門家はこの結果について、ドナーのDNAが精子に混入することは医学的に不可能だと語っています。

実際、この様な結果が出たことには理由がありました。

ロング氏は過去に、二人目の子供ができた後パイプカット手術を受けていたのです。このため、今回調査された精液サンプルには精子は含まれていませんでした。

精液と精子は混同して扱われることが多いですが、まったく別々に作られているものです。精子は精嚢で生産されおたまじゃくしのような遺伝情報を持つ核に鞭毛がついた細胞です。

精子の3Dモデル。/Credit:depositphotos

精液の液体部分は精漿と呼ばれる分泌液で、精子を保護するとともに栄養源を持たない精子にエネルギーを与える役割を担っています。

そのため精管を閉じる精管結紮(パイプカット)を行うと、精子の含まれない精液となり、これがドナーのDNAのみしか検出されなかった原因になっていたのです。

精子の生産は、造血幹細胞とは関連していないため、骨髄移植が原因で他人の子供を作ってしまう恐れはありえないのです。

法医学にとっては大問題

Credit:depositphotos

これで一安心という感じがしてしまいますが、これは法医学的には大問題です。

性犯罪などの捜査では、精液のDNA鑑定が決定的な証拠となる場合が多く、ここでまったく他人のDNAが精液から検出されてしまうとなると、容疑者を取り押さえていながら立件できなかったり、または関係ないドナーが冤罪の被害に遭う可能性も考えられるのです。

今回の調査では、ロング氏がパイプカットを行っていたため、精液に精子が含まれた場合にどういった結果が見られるかまで調査を行うことはできませんでしたが、今後の法医学捜査のためにはこうした調査は重要になると考えられます。

骨髄移植によるDNAの混在で捜査が混乱した事例はすでに存在しており、2008年に韓国で交通事故犠牲者の特定にDNA鑑定を行ったところ、男性なのに血液から女性のDNAが検出される、ということがありました。

これは後の調査で、事故の被害者が過去に娘から骨髄移植を受けていたことが判明しています。

米国内で骨髄移植を受ける患者数は年間数万件に昇ると言われています。日本も年間3000件を超える移植が行われています。

犯罪捜査や事故被害者の身元確認で威力を発揮するDNA鑑定ですが、今後の捜査では骨髄移植を受けた人が、事件の被害者や加害者となってしまった場合についても配慮していかなければならないでしょう。

しかし、これは法医学の話であって、普段の生活において骨髄移植を行ったことが問題になることはありません。

今回調査に協力したロング氏も、自らの命をつなぎとめてくれたドイツ人ドナーに最上級の感謝の思いを抱いています。ロング氏はいずれ、自分の命を救ってくれたドナーに直接会ってお礼を言いたいと語っています。

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reference:New York Times,日本赤十字社/ written by KAIN

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