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歴史で学ぶ量子力学【3】「神はサイコロを振らない」

2021.01.27 Wednesday

2020.03.29 Sunday

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Credit:depositphotos

光や電子という、世界の根源的な存在に目を向けたとき、それは粒子と波動という一見矛盾した2つの性質を同時に成り立たせていることがわかってきました。

しかし、古典物理学ではその振る舞いを説明することができませんでした。

放射線や線スペクトルの問題から、物理学者たちは原子の内部がどんな構造になっているかに興味の対象を広げていきました。

しかし、原子の内部構造を考え始めると、原子核やその周りに存在する電子の振る舞いは、やはり古典物理学では成立させることができませんでした。

ニュートン以来、世界を支配する盤石な学問だった物理学は、ここに革命の時を迎えたのです。

多くの人が量子力学と言われて思い浮かべるのは、「物事は確率でしかわからない」「観測するまで物事の状態は確定しない」という不可思議な理屈や、「シュレーディンガーの猫」と呼ばれる哀れな猫の思考実験ではないでしょうか。

アインシュタインの「神はサイコロを振らない」という言葉も、量子力学の不思議を象徴するものとして有名です。

こうした聞き慣れた議論は全て、エルヴィン・シュレーディンガーの波動方程式が登場してから、その解釈を巡って始まります。

そして、この問題は、共に量子力学の誕生に貢献してきたアインシュタインとボーアを対立させ、議論を戦わせる原因になるのです。

彼らは量子力学の何を受け入れ、何を拒んだのでしょうか?

2つの量子力学

物理学において重要な課題の1つが、実験結果と一致した結果が導ける方程式(法則)を見つけ出すことです。

従来の古典物理学では、もう粒子と波動という相容れない2つの性質を示す光や電子の振る舞いを、説明できないことがわかりました。

新しい理論が必要になったのです。そして登場したのが、ハイゼンベルグの行列力学です。

これはざっくり言えば、電子の振る舞いについて、取りうる値を全部書き出して行列計算するという難解なものでした。

しかもこの理論は、数学が得意だったハイゼンベルクの信念に従って、現象をイメージすることを禁じる内容だったため、物理学者たちはこの理論がどんな現象を取り扱っているのかさっぱりわかりませんでした。

さらには、当時の物理学者たちにとってまったく馴染みのない行列計算を強いたため、うんざりしている物理学者がほとんどでした。

そんな中、救世主のごとく登場するのがエルヴィン・シュレーディンガーです。

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「あの忌々しい量子飛躍が今後も居座るなら、私は量子論に関わったことを後悔するだろう」エルヴィン・シュレーディンガーの肖像。/Credit:Nobel foundation,Wikipedia Commons

シュレーディンガーは、幅広い分野をカバーできる器用な理論家で、他人の研究を分析してわかりやすく解説する能力に長けていました

あるときシュレーディンガーはアインシュタインの論文の中で引用されていた、ド・ブロイの学位論文を見て興味をもちます。

ド・ブロイの理論は先に説明したように、電子などの物質も光同様に波として振る舞うと主張したもので、その波は物質波(ド・ブロイ波)と呼ばれていました。

シュレーディンガーはこの理論についても、見事な解説を行います。しかし、その解説を聞いた物理学者のピーター・デバイは「ド・ブロイの理論には波を記述する波動方程式が存在しないからナンセンスだ」と指摘しました。

それはシュレーディンガーから見ても、もっともな意見でした。波動方程式がない波の理論など、物理学では話にならないからです。

そこでシュレーディンガーはド・ブロイの言う物質波を記述する波動方程式について考えてみました

最初シュレーディンガーは特殊相対性理論と矛盾しない波動方程式を考えていましたが、それは実験結果と一致した答えを導けませんでした。そこで彼は古典物理学の常識は無視して、物質波の波長と、粒子の運動量を結びつけることだけ考えて、波動方程式を自ら創作したのです。

そうして誕生したのが、かの有名なシュレーディンガー方程式です。この波動方程式を基礎にして、シュレーディンガーは新理論『波動力学』を打ち立てます。

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シュレーディンガー方程式。mは粒子の質量、ψは波動関数、Vはポテンシャルエネルギーを記述している。iは虚数。ħはプランク定数hを2πで割った値でディラック定数と呼ばれる。この式は時間tにおける任意の場所xでの量子状態を追跡している。/Credit:ナゾロジー

余談ですが、シュレーディンガーはとっかえひっかえ愛人を作るプレイボーイで、この世界に革命を起こすような偉大な波動方程式を見つけ出したのも、不倫旅行の最中でした

そのため、ボルンには「彼のような私生活は私たちのような平凡な人間には理解できない」と言われ、ドイツ人数学者のヘルマン・ヴァイルにはこの偉業を「人生後半のエロスの噴出」の賜物だ、と言われたそうです。

そんなシュレーディンガーの私生活の問題はともかくとして、ハイゼンベルクの行列力学に苦しんでいた物理学者たちは、この波動力学に「待ってました!」とばかりに飛びつきました

なにせこの理論は謎めいた行列とは異なり、電子の振る舞いを馴染み深い波のイメージで視覚的に説明してくれた上、計算に必要な技術は物理学者たちにとって非常に使い慣れた微分方程式を使えたからです。

これにはプランクもアインシュタインも称賛を贈り、ゾンマーフェルトさえ「行列力学が正しいことは疑う余地がないが、取り扱いが非常に難しく、恐ろしく抽象的だ。シュレーディンガーはそこから我々を救ってくれた」と評しました。

パウリもその明快さに驚愕し感銘を受けたと語り、行列力学の誕生に貢献したボルンさえ波動力学に乗り換えてしまいました。

面白くないのはハイゼンベルクでした。彼からすれば、突然お株を奪われたようなもので、しかも盟友のパウリにも、師であるボルンにも裏切られたと感じたのです。

ハイゼンベルクは原子レベルの出来事を正しく記述しているのは自分のほうだと考えていました。

しかし、正しいも何も、不思議なことにまったく形式の異なるこの2つの理論は、同じ問題に当てはめた場合、まったく同じ結果を出すのです

波動方程式を使い波を記述する理論と、行列代数を使い粒子を記述する理論が、数学的には等価なものだったのです。

この事実はイギリス人の理論物理学者ポール・ディラックによって証明されます。

それは波動と粒子の二重性に、再び直面する問題でした。

次ページシュレーディンガー方程式は一体何を計算しているのか?

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