新型コロナウイルスは日本人の心理をどう変えていくのか

psychology 2020/04/04

ことの始まりは、あるスーパーでの出来事でした。

新型コロナウイルスの影響でマスクが店頭から消え始めた頃、鼻炎がひどい私は急いでマスクを買いに走りました。

買いだめしたい気持ちを抑え、箱を一つ抱えレジに向かったのですが、隣では5,6個かっさらっていくお姉さんの姿が…。

嫌な感情が沸き起こったものの、その日は帰宅。なんとなくSNSを開くと、タイムラインでは「買い占めやめろ」「無闇な病院通いやめろ」の大合唱でした。

「みんなギスギスしてんな」と思った時、その日のスーパーの出来事を思い出したのです。
「私もあの時イラっとしたじゃん」。

連日の新型コロナウイルス関連のニュースで不安を抱えているのは皆一緒です。彼らから直接害を被ったわけではないのに、なぜ私達は買い占めする人に怒りを覚えてしまうのでしょうか。

その一方で、感染者の方はどんどん増えていき、重症の方や、亡くなった方も出てきています。正直、私も「明日は我が身」という思いです。

「コロナ疲れ」「コロナ鬱」という言葉も出てきて、不安を過度に感じる人も増えてきているようです。実際フランスでは精神科への相談件数が軒並み増えています。日本でも、内科などは外来患者が減る一方、精神科はもっとも患者が減らず、今後増えていく可能性もあるとか。

このように、今、私たちはコロナウイルスによって心理的に大きな影響を受けています。
今後は健康面だけでなく、経済面でも政治面でもさらなる不安や動揺が広がるでしょう。

現実的にも、仕事の仕方、学校、日常生活全般で変化が起こってくるとする予想も出てきています。

この劇的な変化を迎えようとしている世界で、私たちはコロナウイルスとどのように向き合い、どのような心持ちで生きていけばいいのでしょうか?

今回は、以前『天気の子』考察記事でもお話をお聞きした元臨床心理士の春井星乃(ブログ:「IDEA PSYCHOLOGY」)さんに、コロナ騒動に揺れる日本人と日本社会の変化について、心理学的な側面からお話を伺いました。

買い占めする人に過剰な怒りを感じるのは「ズルい」から?

Credit: depositphotos

まき 先月から学校が一斉休校になり、テレビでも毎日コロナ関連の番組が流れています。イベントの自粛、株価の暴落などによる経済的問題など矢継ぎ早にいろんな問題が生じていますよね。そして、オリンピックも延期になり、東京の感染者数も増加して緊迫感が出てきました。

この流れの中で、先の見えない不安感やイライラを感じている方も多いと思います。なので、私も含め、これからこのコロナウイルスをどのように捉えて、どう向き合っていけばいいのか、そして、これからどう生きていけばいいのかを知りたいなと思う方って多いのではないかと思うんです。

医療や経済、社会的な分析をしている方は結構いますが、心理学的な視点の記事って、毎日のストレスや不安の具体的対処法みたいな感じのものしか見ない気がするんで、より深い心理学的なコロナ分析を聞かせていただけると嬉しいです。

星乃 分かりました。そうですね…私は、今回のコロナウイルスの出現は、歴史的なスパンで見ても、人間の意識にとって非常に大きい転換点となるような気がしているんですよね。

まき 人間の意識の転換点ですか?

星乃 うん、今回のコロナウイルスによる一連の出来事からは、現在の日本人の意識状態とこれから向かうべき方向性が両方表れてきている感じがするんです。そこをまず明らかにすることで、コロナウイルスにどう向き合って、その中で私たちはどう生きるべきかということも見えてくると私は思っているの。

まき なるほど…じゃあ、早速お聞きしていきます。まず、現在の日本人の意識状態についてですが、それはたとえば、今買い占めとか転売ヤーとかが問題になっていますが、そういうことでしょうか?

星乃 そうですね。買い占めは、生活に支障をきたす不安があれば、どの時代もどの国でも起こることですよね。それよりも、現在の日本人に特徴的なのは、買い占め行動を批判する声が非常に大きいことなんじゃないでしょうか。

まき 最近こんな記事(「不謹慎」と他人を叩く人たちが映す深刻な問題」/東洋経済オンライン)もありましたし、「コロナ脳」って言葉も出てきたくらいですもんね。というか正直、私も無駄に買い占めする人たちにはイライラしてしまうことはあるんですけど、もしかしてダメなんです…?

星乃 買い占めをよくないと思うのは普通の感情なんだけど、自分でコントロールできないくらい強い怒りやイライラを感じるのは、自分の中にその感情を刺激する何かがあるということだと思うんですよね。

まき うーん…言われてみれば、私はそこまでではないかも? 大きな怒りが出る人の場合は、買い占めが無意識の中にあるものを刺激しているということですか? …それって具体的にはどういうことなんでしょうか?

星乃 うん。私はそれには3つの種類があると思っているの。まず1つは、乳幼児期からの親子関係で、親にいい子と認められるために、自分の中の率直な欲求や不安、感情、弱さ、愛情を欲する子供心みたいなものを抑圧して、我慢して親や社会に従って生きることをよしとしてきたような人が陥るケースです。2つ目は、その発展形としての社会的正しさとの同一化、3つ目は時代性です。

まき 親子関係と社会的正しさと時代性…。なんとなく分かるような気がします。まず1つ目ですが、親子関係で我慢してきた人がどうして、買い占めに怒るんですか?

星乃 買い占めする人って、自分の中の不安に素直に行動しているんですよね。他人の迷惑を考えず。

まき ですね。人の気持ちとか迷惑を考えずに、自分勝手に行動しているように見えますよね。

星乃 うん、過度な怒りがわく人の中には、まず、そういう人を見ると「私は我慢してるのに、あの人は自分の感情のままに行動してズルい!」「我慢するべき!」となる人もいます。でもそういうケースでは、本人は「ズルい」という感情に無意識で、「(買い占めする人は)人間としてなってない」くらいにしか意識していない場合も多いですね。

まき なるほど。そういえば、去年、外食チェーンストアの「やよい軒」で、ご飯をおかわりしない人から「不公平だ」というクレームが来て、おかわり無料が取りやめになったということもありましたね。何か常に我慢しているという感覚を持っている人が増えてるんでしょうか。

星乃 そうですね、最近そういう「ズルい」という感情を持つ人が、増えているみたいですよね。

また、その「ズルい」という感情に加えて、自分が一生懸命自分の本当の感情、不安や弱さを抑圧して見ないようにしているのに、そういう素直に弱さを認めて行動に移す人を見ると、自分の中の弱さを見せつけられているような気分になるので、余計にイライラしたり、自分の中の恐怖感に気づいてしまったりするというケースもあります。人によっては、そういうイライラや恐怖感さえも否定しようとして、不安によって行動する人をより批判して、「自分が正しい」という理論武装をしようとすることもありますね。

まき なるほど、親子関係で我慢していい子でいると、そんなシステムに陥りがちになるのか。親子関係ってほんと侮れないですね。

イライラの犯人は「社会的正しさへの同一化」

Credit: depositphotos

まき では、2番目の「社会的正しさへの同一化」というのは? というかこれって、もしかして『天気の子』の記事で出てきた話ですかね?

星乃 そうですね。2番目は1つ目のケースの発展形でもあるのですが、これを説明するためには、『天気の子』の考察記事でもお話した「自我同一性地位」の話をする必要があるんですよね。

まき 『天気の子』の記事を読んだ方には重複する内容になってしまいますが、ここでも「自我同一性」が絡んでくるんですか?ちなみに、「自我同一性」とは心理学者エリクソンの提唱した概念で、アイデンティティとも言われているものですよね。

星乃  そうですね。「自我同一性」とは、自分はこれまでもこれからも自分であり、「自分とは〜だ」という一貫した感覚のことです。人間は、通常13〜14歳前後からこの「自我同一性」確立のための課題に取り組むことになります。

まき 確か、その「自我同一性」を達成するまでに4段階があって、それを「自我同一性地位」というんでしたよね。

星乃 そうですね。「自我同一性地位」は心理学者マーシャの研究です。マーシャは、「自我同一性」を確立するには「危機」と「傾倒」という2つの条件を経験することが必要で、その経験の有無によって「自我同一性達成」「モラトリアム」「早期完了」「自我同一性拡散」の4段階に分かれると考えます。「危機」とは、それまで無意識に取り込んでいた親の価値観に対して迷いが生じ、このままでいいのかと疑問が生じること、「傾倒」とは何らかの考え方・価値観に積極的に関わることだと言われています。

Credit: Nazology

まき そうでしたね。『天気の子』の記事では、その中でも、親の価値観を自分のものとしてそのまま生きてしまう「早期完了」が大きく関わってきましたが、今回のコロナウイルスでもそうなんですか?

星乃 そうですね。「早期完了」とは、1つ目のケースのように育ってきた子供が、「危機」を経験せず親の価値観をそのまま自分として生きてしまうということです。すると、児童期までで溜まってきたネガティブな感情や自分の弱さ、親の矛盾点などと向き合わずに生きることになります。そうするとまず、自分に不都合な現実を客観的に見ないという認知システムの癖が生じるんですよね。

まき ふむふむ。

星乃 そして同時に、自分の感情や欲求・本能など本質的な部分との繋がりが失われてしまいます。すると、本質的な確信や自信を持つことが難しくなります。そうなると、それを補填するために、自分以外の崇高なもの、例えば、国や思想、社会的正しさ、科学的知識、スピリチュアル、仕事や家族での立場、性別などに同一化して、自分の自己肯定感を上げようとするんです。

まき それが『天気の子』の記事で話した「社会的正しさ」への同一化ってやつですね。自分が「社会的に正しい」ということで自信を持ちたいから、ちょっとでもそれに反するもの、「買い占め」などを見つけると片っ端から叩こうとするわけですね。

星乃 そうですね。そして、「早期完了」の人達は、親を否定することは自分の存在基盤を否定することになってしまいますので、とにかく親やそれまで信じてきた権威、現状の維持が最優先事項となります。これは、「反出生主義」の記事でもお話しましたね。こうなると、現状のシステムが壊されるような現実はできれば見たくないものとなるので、現状の危機を周知させるような言動をする人を嫌い、批判するようになります。

まき それが「コロナ脳」とかですかね。もしかして、「検査は必要ない」ってやたら否定する人たちもそういうシステムが働いているのかな。

星乃 そういうケースもあるかもしれませんね。ただ、やっかいなことに本人たちはこのような認知システムが働いていることに無意識で、指摘されても「そんなことはない。私はみんなのために必要だからやってる」と否定する人がほとんどです。

まき たしかに。もしかして、今流行りの「毒親」が、子供に過去の行いを批判されても絶対認めないってケースもそうですかね。

星乃 そうですね。毒親になる人は多くが「早期完了」の状態で、自分たちの親を否定出来ないので、子供は親に従うべき、甘えは許さない・ズルい・子供は自分で努力すべき=自己責任という考え方に無意識的に陥りますよね。でも、あくまでも無意識で、自分では「子供のために一生懸命やってる」と思っています。無意識のシステムを認めると自我が維持できないので絶対に認めませんね。

まき ですよね。自我同一性って単なる心理学の理論の1つっていうイメージでしたが、現在のいろんな社会問題にそんなに影響しているなんて驚きですよね。自分の本質的な部分と繋がっていないことから、いろんな傾向が出てくるんだ。

「感情」を嫌悪する時代

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まき じゃあ、3つ目の時代性というのは?

星乃 今って、『天気の子』でも問題になっていた「社会的正しさ」が重要視されて、「社会的正しさ」を振りかざす不謹慎厨なんかが流行っていますよね。私は、これって「自己」の価値よりも「他者」の価値が高くなっている時代とも言えるんじゃないかと思うんですね。

まき 自己よりも他者の時代ですか?そういえば、今若者の自己肯定感は日本は最低レベルって言われているし、自己主張が激しいのはカッコ悪い、「自分軸で生きるのは自分勝手」みたいな風潮になってますね。

星乃 例えば、2018年に実施された13歳から29歳の若者を対象とした内閣府の「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」では、「人に迷惑をかけなければ何をしようと個人の自由だ」という質問に対して、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・韓国などは8割近くの若者が「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と答えているのに、日本人では約4割に留まっています。

まき 現代の日本人はかなり他人に気を使わないとなにか支障が出るという不安が強いということなんですかね。そういう無意識の空気感みたいなものがあるからこそ、自分勝手な買い占めは許せないとなっちゃうわけですね。

星乃 そうですね。実は、日本社会はずっと「他者の時代」だったわけじゃなくて、いろいろと変化してきているんです。『天気の子』の記事でも引用させて頂いた社会学者の宮台真司さんは、戦後から1960年までが封建的な「秩序の時代」で、1960年から1970年代半ばまでが、科学がすべての問題を解決してくれるんじゃないかっていう希望をみんなが抱いていた「未来の時代」、そして70年代半ば以降が個人個人が自分の自我を維持することを追求する「自己の時代」と言っているんですよね。

まき へー、日本人の意識ってそんなに変わってきているんだ。確かに、アニメやミュージシャンなどを思い返しても、90年代は、恋愛や熱血、感情表現とかがカッコいいとされてた気がします。改めて考えると、いつのまにこんなに雰囲気が変わってしまったんだと驚きますね。そうすると、他者の時代は2000年代に入ってからですかね。

星乃 そうですね、私は2000年代初頭からだと思っています。90年代末は、浜崎あゆみとか椎名林檎など、自分の内面に奥深く入ることや、感情表現、自己表現がカッコいいとされていましたが、2000年代に入って、理性や科学的知識、他者や社会全体の考えを重要視する雰囲気に変わってきましたよね。

まき たしかに。そういえば先日「“「萌え」の時代から「推し」の時代へ”について」ってブログ記事を見かけたんですが、春井さんは「萌え」ってご存知ですか?

星乃 はい、知ってますよ。女の子のアニメキャラに対して、「かわいい」「好き」のような感情を持つことですよね?

まき …本当はもっとドロドロしている気もしますが、とりあえずそれでOKです(笑)。それが最近オタクの間では使われなくなってきて、今は「推し」という言葉が流行っているんですよ。「推し」というのは、あるキャラや人物のことを応援しているみたいな意味なんですが、これって、今春井さんが話したこととめちゃめちゃ関係ありそうなんです。

星乃 「萌え」と「推し」がですか?

まき はい。「萌え」は自分の「かわいい・好き」という感情を表す言葉で、「推し」は自分が「応援している」という行動を表す言葉だと考えれば、やはりオタクの間でも、2000年代初頭までは感情を表す「萌え」が流行っていたけれども、今は自分の感情を表すことがカッコ悪いことになり、他者から見た行動を表す「推し」という言葉が使われるようになったのではないかと。

星乃 なるほど! オタク界でも、自己と他者の時代性が表れているんですね。

まき オタク界隈にまで影響が及ぶってスゴイですよね。まあそんな時代だから、なおさら自分勝手な人は嫌われるのか。

AIとコロナウイルス後の世界では「早期完了状態」からの脱却が必須

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まき お話を聞いていると、なんだか日本人は、親子関係でも時代性でも雁字搦めじゃないですか。出口がない感ハンパなくないですか? 「ごめんね、日本はもうダメです」っていう気持ちになってくるんですが…。

星乃 …でもね、今回のコロナウイルスでそこに変化が生じるんじゃないかと私は思っているんですよね。

まき え? どういうことですか? 経済的には間違いなくネガティブな方向に来ていて、実際暮らしていけない人も出てきてますよね?

星乃 うん、これは個人レベルの話ではなく日本人全体の意識傾向の話で、あくまでも私の考えだから、「そういう考え方もあるな」という感じで参考程度に聞いて欲しいんだけど…。ちょっと考えてみて。今コロナウイルスで社会的に影響を受けていることって何だったっけ?

まき えっと、まず仕事がリモートワークになった、学校が休校になった、イベントの自粛、経済的な問題、国の対応の問題とか、ですかね。

星乃 そうですね。国や資本主義経済の信頼や、仕事をすることによって作られる個人の社会的人格が揺らいでるよね。それって、さっき話した「早期完了」の人が自己肯定感を上げるために、同一化してしまう対象じゃない?

まき 確かに、自分以外の崇高なものの価値が揺らいできてますね。

星乃 うん。だからこれからは、徐々に社会的な作られたキャラで自分を保つことが難しくなっていくんじゃないかと思うんですよね。自分の本質と向き合わされる。そして、他人に会う機会が減り、家族やごく近い人たちとの関係が深まっていく。社会的キャラを捨て、自分の本質と向き合った個人が信頼関係や絆を深めることが重要になってくるんじゃないかな。

まき それこそ『天気の子』の記事で出てきた、宮台さんの「法外のシンクロ」ですね!

星乃 そうですね。リアル『天気の子』状態ですよね。そして、今、AIの技術進化で仕事がなくなると言われていますが、この流れもコロナウイルスの出現と似た影響を及ぼすのではないかと思っています。

まき え、AIとコロナウイルスがですか?

星乃 うん。これからのAI時代で必要とされる人材は「自分の興味・特性・動機を熟知し、強いモチベーションで周囲の共感を呼べる人」だと言われているんですよね。なぜなら、それがAIができないことだからです。逆に言えば、AIが最も得意とするのは、他人のフリや知識をためることですよね。それは、まさしく「早期完了」の人がやっていることであり、他者の価値を取り入れることなんです。

まき なるほど、人間が無意識に陥ってしまう心理状態とAIにそんな共通点があったとは…。面白いですね。

星乃 そうですね。AI時代を生き残るには、他者の価値を取り入れることをやめ、自分の本当の感情・欲求・動機につながらなければならないということになります。つまり、AIは今後コロナウイルスと同じような働きを人間の意識にもたらすとも言えるんじゃないかな。

まき なるほど、いま、シリコンバレーのGAFAの人たちの中でも、心の価値や人間的成長が重要視されていて、「トランステック」なんかが注目されていますしね。時代が「早期完了」の生き方とは逆方向に動き始めているということですね。これから他者の時代から、自己の本質とつながって生きる時代になるのかな。そうなるといいですね。

星乃 本当にね。今、みんなが不安やイライラを抱え、きつい状況に耐えていますから、それが報われる未来が来てほしいですね。

【考察】『天気の子』の「違和感」の正体は結局何だったのか? 心理学から解説してみる(ネタバレ有り)

written by maxim, ナゾロジー編集部
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