万里の長城の真の目的は外敵侵攻の防衛じゃなかった!? 今までの定説がひっくり返される

story_fun 2020/06/13
万里の長城(明代)/Credit:Wkipedia Commons
point
  • 万里の長城は一般的には、北方異民族の侵攻を防衛するために建造されたとされる
  • 新たな研究は、最北に築かれた長城「北線」をドローンや衛星を用いて調査
  • 建築された位置や構造から、軍事目的ではなく交易や遊牧民の監視、課税が目的だったとしている

万里の長城は、世界遺産に登録されており、世界七不思議にも選ばれる、エジプトのピラミッドと並ぶ古代の巨大建造物です。

その巨大さについては、衛星からも見ることができると言われています。

そんな万里の長城は、一般的に北方の異民族の侵攻を防ぐ目的で建造されたということが定説でした。

しかし、新しい研究は万里の長城建設の目的が、軍事的防衛ではなく、人々の監視が目的だった可能性を指摘しているのです。

最北の壁の調査

万里の長城は、紀元前214年、秦の始皇帝によって建設されたとされています。

しかし、実際は、紀元前数世紀の春秋戦国時代から紀元後17世紀の明の時代までに、段階的に造られた建造物で、かなり複雑かつ多くの壁が存在しています。

時代別に築かれた万里の長城。/Credit:Wkipedia Commons

イスラエルのヘブライ大学、モンゴル科学アカデミーの考古学研究チームは、2年以上の歳月をかけて、この中でも11世紀から13世紀に築かれた最北にある長城について、調査を行いました。

これは中国金朝時代に築かれたもので「金の界壕(かいごう)」と呼ばれています。

さらに最北に築かれた壁は、中国北部からモンゴル国内の北東地域にまで全長737キロメートルに渡っていて「北線(Northern Line)」と呼ばれます。

Credit:Connor J. Sweetwood. Data from © Mapbox and © OpenStreetMap / Antiquity Publications Ltd)

壁は版築(はんちく)という工法で、粘土質の土を突き固めて作られていて、定説ではチンギス・ハーンの侵攻を防ぐために築かれたと言われています。

意外としょぼい壁

研究チームは高精細のドローン撮影、衛星からの解析により北線の完全なマッピングを初めて行いました。

その結果、壁は連続した構造物で、もっとも保存状態の良い場所では高さが1メートル、幅は約10メートルだと明らかになりました。

高さは比較的低く、街道近くに築かれており、軍事的な機能はほとんど果たしていなかった考えられます。

Credit:Hebrew University

壁に沿った周辺には、古代の構造物も明らかになりました。

これらの建造物は、長方形の建物が壁を監視する兵士の基地であり、円形の構造物は家畜を入れるための飼育場だった可能性があります。

こうしたことから、研究チームは、北線の長城は「要塞化された国境ではなかった」と考えています。

このため、研究チームは、長城は人々や家畜の移動を監視しコントロールするために築かれたものであり、その目的の多くは交易など人々の移動に対して課税を行うためだったと結論づけています。

万里の長城は明の時代に建造されたレンガ造りの強固な城壁のイメージが強いですが、多くの時代ではそこまで強固なものでもなく、もっと平和的な利用がされていたのかもしれません。

この研究は、イスラエルのヘブライ大学教授Gideon Shelach-Lavi氏を筆頭としたチームにより発表され、論文は考古学に関する学術雑誌『Antiquity』に6月9日に掲載されています。

Medieval long-wall construction on the Mongolian Steppe during the eleventh to thirteenth centuries AD
https://doi.org/10.15184/aqy.2020.51

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