フェニキア秘伝の失われた「ロイヤルパープル」を再現することに成功! 王族にのみ許された紫色とは

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貝紫染料のレシピを再発見したモハメド・ガッセン・ヌイラ氏/Credit: FETHI BELAID

「紫色」は、地位と権力の象徴として、数百年もの間、古代の王族と結びついてきました。例えば、英語の「born in the purple」は、「王家に生まれる」という意味になります。

その王族の衣服を染めるのに使われたのが、天然の貝から取れる貝紫色(ロイヤルパープル、Royal purple)」でした。しかし、染料の製法は門外不出で後世に伝わらず、何世紀も前に失われています。

ところが、北アフリカ・チュニジア在住のモハメド・ガッセン・ヌイラさんが、失われた秘伝の製法を復活させることに成功しました。

ヌイラさんは、コンサルティング会社を経営する一般男性で、染料に関する知識もなく、一から試行錯誤を重ねたといいます。

王族が愛した貝紫色は、一体どのようにして作られたのでしょうか。

3000年以上前のフェニキア秘伝の製法

Credit: ancient-origins

貝紫色の歴史は、紀元前1600年頃の地中海東岸に遡ります。その製法を編み出したのはフェニキア人であり、彼らの住むティルス(現在のレバノン南西部)で作られたことから、別名「ティリアン・パープル」とも呼ばれます。

アッキガイ科のホネガイやシリアツブリガイが原料とされますが、その製法は門外不出。フェニキア人は、貝紫色の染料を高価な商品として輸出し、経済的な繁栄を誇りました。

シリアツブリガイ/Credit: ja.wikipedia

その後、フェニキア人は植民地のカルタゴ(現在のチュニジア)に秘伝の製法をもたらしましたが、カルタゴは、紀元前120年頃にローマの植民地となり、今度はローマ人が貝紫色を独占します。

ローマ帝国時代に貝紫色は王族のシンボルとなり、一般人が紫の衣服をつけることは禁止されました。また、その製法は記録文書にも残っておらず、数百年ののち歴史の闇に消え去ります。

貝紫色の衣を着る東ローマ皇帝/Credit: ja.wikipedia

これについて、ヌイラさんは「おそらく職人たちは、貝紫色が皇帝の存在と直接結びついていたので、ノウハウを明かすことを恐れたのではないか」と話します。

貝紫色の再現に成功!1グラムで4000ドルに

ヌイラさんが、貝紫色の再現を始めたのは2007年のことでした。

ある日、地元のビーチで、青紫の体液を出している貝を見て、学生時代の世界史の授業を思い出したといいます。「カルタゴでは、貝を紫色の原料に使っていたが、そのレシピは残されていない」と聞いていたことから、謎を解いてみようと考えたそうです。

「とはいっても、最初はどこから手をつけていいのか見当がつかなかった」とヌイラさんは話します。染色の専門家や化学、歴史、考古学者に聞いても、製法のヒントはつかめませんでした。

そこで地元の漁師から大量の貝を買って、自宅のキッチンで地道に研究を重ねます。

Credit: FETHI BELAID

数年におよぶ努力の末、ついに貝紫色の再現に成功したのです。

その製法は次の通り。

まず、貝をよく洗い、種類とサイズを選別して、選んだ貝の殻の上部を慎重に崩します。その後、中の腸を取り出し、酸化させると、貝紫色の染料の出来上がりです。

Credit: FETHI BELAID
Credit: FETHI BELAID

ヌイラさんの話では、たった1グラムの染料を得るのに約100キロの貝を必要とし、その作業には丸4日かかるそうです。

しかし、ヌイラさんの作った貝紫染料は、研究者やコレクター、画家の強い注目を引き、現在では「1グラム2800ドルから、時には4000ドルという高値で買われることもある」といいます。

ヌイラさんは「フェニキア、そして私たちの祖先であるカルタゴ人の製法を復活させることができて非常に嬉しい」とした上で、「この製法が失われないよう、今度は次の世代に伝えていきたい」と話しました。

reference: ancient-origins / written by くらのすけ

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