脳に注射する遺伝子治療薬により「寝たきり」の子供が走れるように
脳に注射する遺伝子治療薬により「寝たきり」の子供が走れるように / Credit:Canva . ナゾロジー編集部
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Upstaza™ Granted Marketing Authorization by European Commission as First Disease-Modifying Treatment for AADC Deficiency https://ir.ptcbio.com/news-releases/news-release-details/upstazatm-granted-marketing-authorization-european-commission Upstaza https://www.ema.europa.eu/en/medicines/human/EPAR/upstaza

2022.09.29 Thursday

脳に直接注射する遺伝子治療薬により難病で「寝たきり」だった子供が走れるように

私たちの遺伝子は1人1人が少しずつ異なっており、個性の元になっています。

人によって顔の形や背の高さ、性格や知能、好みの異性のタイプなどが違うのも、個々人の遺伝子が少しずつ違っている結果です。

しかし不幸なことに、遺伝子に起きる「違い」の中には、健康にとって必須な遺伝子の機能を極端に破壊してしまう場合があり、個性の範疇を逸脱した「遺伝病」として知られる病気や障害を引き起こしてしまいます。

米国の製薬会社PTC Therapeutics社はそんな遺伝病のなかでも患者数が少ない希少疾患をターゲットにした薬を開発しており、今回、AADC欠損症と呼ばれる希少遺伝病の遺伝子治療薬として開発された「Upstaza」が、欧州医薬品庁(EMA)によって承認されたこと発表しました。

AADC欠損症は主に幼い子供たちから発見される遺伝病であり、脳の情報伝達が阻害されるため寝たきりになり、言葉の習得すらできなくなってしまいます。

しかし臨床試験において「Upstaza」は高い効果を示し「一生寝たきり」になるはずだった子供たちの何人かを、元気に走り回れるまで回復させることに成功しました。

しかし、いったいどんな仕組みで「Upstaza」は子供たちの遺伝子を修正し、劇的な回復を起こしたのでしょうか?

どうやら成功の秘訣は、頭蓋骨にドリルで穴をあけ、脳内に直接、ウイルスを流し込むことにあったようです。

研究内容の詳細はPTC Therapeutics社のHPおよび欧州医薬品庁のHPにて公開されています。

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脳に注射する遺伝子治療薬により「寝たきり」の子供が走れるように

脳に注射する遺伝子治療薬により「寝たきり」の子供が走れるように
脳に注射する遺伝子治療薬により「寝たきり」の子供が走れるように / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

数ある遺伝病のなかにおいて、AADC欠損症は最も残酷な病状をもたらします。

AADC欠損症の患者たちは、内の情報伝達に必須な神経伝達物質(ドーパミン)を作るために必須な酵素遺伝子が変異しており、脳内でドーパミンをほとんど、あるいは全く作ることができなくなってしまいます。

私たちが体を動かしたり考えたり言葉を発することができるのは、脳の神経回路がスムーズな情報伝達を行っているからです。

一方、神経伝達物質(ドーパミン)が作れない場合、脳内での情報伝達が困難になります。

そのため、AADC 欠損症の子供たちは体の動きを制御することができずに寝たきりになり、言葉を話すスキルもみにつかず、身体及び精神的な発達も大きく阻害されてしまいます。

またAADC欠乏症の子供たちには「注視クリーゼ」と呼ばれる眼球が上向きに固定されてしまう悲惨な発作を起こし、加えて頻繁な嘔吐、睡眠障害も発生させます。

発症した場合の寿命も極めて短くなり、10歳をまたずして死亡する可能性が報告されています。

さらにこれまでAADC欠損症が報告された事例は135件に留まっており、希少疾患とされていました。

一方、近年における急速な遺伝子治療法の進展は、多くの遺伝病の治療を成功させています。

遺伝子治療と聞くと難しく聞こえますが、その概念はいたってシンプルであり「原因となるのが遺伝子の不具合ならば、外部からちゃんと動く遺伝子を細胞に送り込めばいい」というものになります。

正常な遺伝子を送り込む手段として主に使われるのは無害化したウイルスです。

ウイルスは細胞に感染すると自分の遺伝子を細胞に注入する性質があるため、この性質を利用してウイルスの遺伝子を改変して正常な人間の遺伝子を注入するようにします。

たとえば以前にカリフォルニア大学ロサンゼルス校で行われた研究によれば、免疫力を持てなくなってしまう遺伝子変異をかかえる赤ちゃん約50人の骨髄細胞を取り出し、正常に動く免疫遺伝子をウイルスを使って組み込み体内に戻したところ、98%赤ちゃんで免疫系が働くようになったことが報告されています。

生まれた赤ちゃんの遺伝子を「ウイルスで書き換え」命を救うことに成功

しかし今回は問題が起きている場所が脳である点が大きな壁になっていました。

主流となる遺伝子療法では無害なウイルスを細胞に感染させることで、ウイルス内部に仕込んだ正常な遺伝子を送り届けるという手段をとります。

しかし脳は脳関門と呼ばれる一種のバリアを備えており、体にとって異物となるものの侵入を許しません。

そして脳細胞は骨髄細胞のように「一時的に取り出す」といったことはできません。

そこで研究者たちは、1.5歳~8.5歳までの28人の子供たちの頭蓋骨にドリルで穴をあけ、正常な遺伝子を組み込んだ無害なウイルス(アデノ随伴ウイルス2型:AVV2)を直接、脳の中央部に存在する「被殻」と呼ばれる場所に流し込むことにしました。

すると、治療から3カ月後には効果があらわれはじめ、2年後には子供たちの70%が頭の動きを制御できるようになり、65%が他人の助けなしに座れるようになりました。

また治療効果は幼い子供ほど(特に4歳まで)高くなる傾向にあり、最も成功した1歳半の「Rylae-Ann」ちゃんのケースでは、寝たきりの状態から歩いたり、走ったり、馬に乗ったり、話したりすることが可能になりました。

この結果は、希少な遺伝病に対して遺伝子治療が劇的な治療効果を発揮したことを示します。

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