液体窒素のスプレー前(左)とスプレー後(右)
液体窒素のスプレー前(左)とスプレー後(右) / Credit: WSU – Liquid nitrogen spray could clean up stubborn moon dust(2023)
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月の花粉症対策!?液体窒素で「月の塵」を除去する実験台になぜかバービー人形

2023.03.11 Saturday

ムーン・ダスト(月の塵)と聞けば、何やら美しいイメージでも湧いてきそうですが、宇宙飛行士にとってかなりの厄介者です。

月の塵は人類が月面で活動する際、宇宙服から侵入して花粉症のような症状を引き起こしたり、デバイスに入り込んで故障の原因となる可能性があるのです。

そんな中、米ワシントン州立大学(WSU)の研究チームは、液体窒素を用いた除去スプレーを新たに開発し、宇宙服に付着した98%以上の月の塵を取り除くことに成功しました。

しかし、いきなり宇宙飛行士に液体窒素を吹きかけるのは危険もあるため、ここではバービー人形に実験台に立ってもらっています。

研究の詳細は、2023年2月15日付で科学雑誌『Acta Astronautica』に掲載されました。

Scientists blasted Barbies with liquid nitrogen to test a new method of moon dust cleanup – and it worked extremely well https://www.livescience.com/scientists-blasted-barbies-with-liquid-nitrogen-to-test-a-new-method-of-moon-dust-cleanup-and-it-worked-extremely-well Liquid nitrogen spray could clean up stubborn moon dust https://news.wsu.edu/press-release/2023/02/28/liquid-nitrogen-spray-could-clean-up-stubborn-moon-dust/
Lunar dust removal and material degradation from liquid nitrogen sprays https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0094576523000681

液体窒素の「ライデンフロスト効果」を利用して塵を吹き飛ばす

人類は長年の夢であった面への着陸を成功させましたが、そこから厄介者との格闘が始まりました。

月面を覆う塵がまるで磁石のように触れるものすべてに付着したのです。

さらに悪いことに、月の塵は非常に細かな粒子であらゆる隙間に入り込み、加えて、グラスファイバーを粉砕したような硬さを持っていました。

研究主任のイアン・ウェルズ(Ian Wells)氏は「月の塵は静電気を帯び、研磨性があって、あらゆる場所に付着するため、対処するのが非常に難しい物質です」と話します。

月の塵は触れるもの全てにくっつく厄介者
月の塵は触れるもの全てにくっつく厄介者 / Credit: canva

実際、1960年代から70年代にかけて月面で行われた6回の有人探査では、ブラシを使って宇宙服に付着した塵を払おうとしましたが、うまくいきませんでした。

その微小性と研磨性により、宇宙服の隙間に侵入したり、探査用のデバイスや電子機器を故障させてしまったのです。

それからクルーたちは塵を吸い込むことによる「月の花粉症(lunar hay fever)」にも悩まされました。

月の塵は目の痒みや喉の痛み、くしゃみを引き起こすだけでなく、人間の細胞にとっても有害であり、塵にさらされ続けると肺病を引き起こす恐れもあると指摘されています。

アメリカ航空宇宙局(NASA)は、2025年以降に再びクルーを月面に送り込む「アルテミス計画」を控えており、月の塵の除去は喫緊の課題なのです。

「アルテミス計画」を控える今、月の塵の除去は必須課題
「アルテミス計画」を控える今、月の塵の除去は必須課題 / Credit: canva

そこで研究チームは今回、宇宙服に付着した月の塵を除去する方法として、液体窒素による「ライデンフロスト効果」を検証することにしました。

ライデンフロスト効果とは、液体がその沸点よりも高い温度の表面にぶつかると、液滴が玉のようになって表面上を飛び回る現象のことです。

たとえば、熱したフライパンに冷水をパッとかけると、水滴がフライパンの上をコロコロと移動します。

このような急速に液体が気化する力を利用して塵を払おうというのです。

当然沸点が100度の水を使うわけにはいきませんが、液体窒素ならばその沸点はマイナス196度です。

同チームのジェイコブ・リーチマン(Jacob Leachman)氏は「液体窒素が沸騰すると元の800倍にまで膨張し、それが物質の表面にぶつかると、ほとんど小さな爆発のようになる」と指摘。

「その衝撃を使えば、塵のような粒子を遠くへ吹き飛ばすことができるはずです」と続けます。

月の塵の模擬粒子に液体窒素を落としたときに起こるフロウ
月の塵の模擬粒子に液体窒素を落としたときに起こるフロウ / Credit: WSU – Liquid nitrogen spray could clean up stubborn moon dust(2023)

そしてチームは、NASAが使用しているものと同じ素材で作られた宇宙服を6分の1スケールのバービー人形に着せて実験を開始。

また本物の月の塵は使えなかったため、1980年のセント・ヘレンズ山(ワシントン州)の噴火で採取された火山灰で、月の塵によく似た性質を持つ模擬粒子を用意し、宇宙服に付着させました。

さらに月面に近い真空環境を再現し、その中にバービー人形をセットして液体窒素を噴霧しています。

実際の様子がこちら。

その結果、事前の予想通り、宇宙服を覆う模擬粒子は液体窒素の噴霧によってビーズ状になり、スプレーの蒸気に乗って簡単に吹き飛ばされていったのです。

実験ではなんと宇宙服に付いている模擬粒子の98.4%を除去することに成功しています。

また液体窒素スプレーは、ブラッシングのような従来の除去方法と比べて、宇宙服の素材に非常に優しいものでした。

ブラシでは1回磨くだけで宇宙服の素材にダメージが生じるのに対し、液体窒素スプレーではダメージが生じるまでに75回ものサイクルを要しています。

左:スプレー前、右:スプレー後
左:スプレー前、右:スプレー後 / Credit: WSU – Liquid nitrogen spray could clean up stubborn moon dust(2023)

あとは実寸大の宇宙服への有効性およびクルーへの安全性が確認できれば、即戦力となるでしょう。

チームは現在、より本物の月面環境に近い条件下でテストするためにNASAによる助成金を申請中とのことです。

とりあえず、バービー人形はこれで大役を終えたことになります。

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