あらゆる科学用語にきちんと日本語がある理由とは

science_technology 2020/05/05
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現在はあらゆる言葉に日本語の訳が存在しています。

「mathematics」は「数学」、「Physics」は「物理(窮理)」、「philosophy」は「哲学」です。こうした分野の名前も今は何気なく使っていますが、元の英語から考えるとうまく訳したものだなと感心してしまいます。

また難解な用語にも、やはり素晴らしい訳が存在しています。数学の「Imaginary number」は「虚数」ですし、天使の位階なんてマニアックな言葉でも、最高位の天使「seraphim」は「熾天使」と訳されるなど、センスの塊のような翻訳です。

このような訳語は適当に誰かが散発的に訳したというわけではなく、実は明治時代に集中的に翻訳されました

今の私たちが何不自由なく、あらゆる科学の知識や技術、または政治や経済の概念を日本語で学べるのは、この明治時代に国策で行われた大規模な翻訳事業のおかげなのです

普段は当たり前過ぎて意識もしていなかった日本語の誕生について、歴史を振り返ってみましょう。

欧米列強と戦う日本

江戸時代が終わり、新しい明治という時代を迎えた日本は、世界から大幅な遅れをとっていて、国際社会で負けない国造りをするためには、とにかく欧米から発信された最新の知識を勉強する必要がありました。

そのとき立ちはだかった問題が言葉の壁です。

あらゆる科学、技術、政治、経済の知識は英語で書かれていて、ほとんどの日本人は読むことができなかったのです。

これを解決するために、日本人は日本語を捨てて英語を公用化するか、西洋のあらゆる知識を全て日本語に翻訳するか、選ばなければなりませんでした

どちらも一筋縄では行きません。

英語公用化を主張したのは、初代文部大臣も務めた薩摩の政治家、森有礼(もり・ありのり)でした。

森有礼の肖像。/Credit:Wikipedia

これに反対したのは土佐出身の思想家、馬場辰猪(ばば・たつい)です。

馬場は「英語を学ぶことが可能なのはごく一部の有閑階級に限定される。日々の生活に追われる一般庶子が英語に熟達するのはまれなことで、そうなると国の重要問題に庶民が参加できなくなる」という問題を指摘しました。

馬場辰猪の肖像。/Credit:Wikipedia

また、彼は英語を学べない貧困層の若者は、頭が良くても最新の科学を学ぶことができなくなってしまうと主張しました。

最終的に当時の明治政府が選択したのは、国策として海外のあらゆる知識を片っ端から翻訳するということでした

日本語の大発展

実は、この当時、日本語には現在あるような概念や言葉はほとんど存在していませんでした。

例えば「愛」という言葉。これは現在「LOVE」という概念でみんな通じていますが、当時の日本に「LOVE」という概念がありませんでした

夏目漱石が「LOVE」の訳に対して「月が綺麗ですね、といえば良い」と答えたなんて有名な逸話がありますが、これは当時の日本人が「LOVE」に対応する日本語が存在しないために、どう日本語に置き換えればいいか試行錯誤していた状況を表しているものなのです。

戦国武将の直江兼続が兜に「愛」という立物(飾り)を付けていたという話も、なんてロマンチックな武将、とか思った人がいるかもしれませんが、この明治の大翻訳時代を迎えるまで、「愛」に「LOVE」という意味はなかったのです。

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また、「憲法」という概念も当時のアジアには存在しておらず、このときの翻訳事業で新しい日本語として作られた訳語なのです。

このとき翻訳された西洋の概念は、後に同じ漢字を使う中国へ和製漢語として逆輸入されていきます。「憲法」などはその代表です。

中国では和製漢語の流入に反発する声も大きかったといいますが、ある人物が積極的に和製漢字を中国に取り入れました。

それが毛沢東です。毛沢東は文書表現を豊かにするために、外国から学ぶことが重要だと主張したのです。

世界でもっとも文化的でない大革命を起こした人物としてはなんとも意外なお話です。

なにはともあれ、こうして日本語はこれまでになかった概念を大幅に拡充され、現代に繋がる豊かな語彙を持った言語として大発展することになるのです。

言語の壁を乗り越えた果ての日本

こうして、日本にはあらゆる科学知識が全て固有の日本語に置き換えられた訳語が存在するようになりました。

貧しい家の子でも、何気なく図書館で見つけた本からでも、最先端の欧米の科学を学べるようになったのです。

ただ、こうした明治政府の努力が裏目に出て、日本は世界でも屈指の英語ができない国にもなってしまいました。

英語できなくてもあんまり困らないよね、という今の状況は、こうした昔の人達が必死に知恵を絞って外国語から新しい日本語の概念を生み出してくれたおかげなのです。

その状況に甘んじてしまっては、ちょっと申し訳ない気もしますね。

何気なく毎日使っている日本語。教科書に載っている難しい用語。それらの多くは明治以降に作られた言葉たちです。

この明治政府の事業がなければ、「酸素」や「水素」も「微分・積分」という言葉も日本語にはなかったかもしれません。

これからは新しい科学の知識に触れる際に、よくこんな漢字を当てはめたなと英語と見比べて、一緒に英語も学んでみてはいかがでしょうか。

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reference: babel,言語文化教育研究学会/ written by KAIN
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