西洋知識の日本語訳はいかにして生まれたのか?
西洋知識の日本語訳はいかにして生まれたのか? / Credit:depositphotos
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「愛」はいつ生まれたのか?現代日本語のほとんどの概念は明治政府の大事業で誕生した (2/2)

2023.03.24 Friday

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日本語の大発展

実はこの当時、日本語には現在使われているような概念や言葉がほとんど存在していませんでした。

例えば「愛」という言葉は現在「LOVE」という概念で誰にでも通用しますが、当時の日本には「LOVE」という概念は存在していませんでした

夏目漱石が「LOVE」をどう訳せば良いか?という問いに対して、「月が綺麗ですね、といえば良い」と答えた有名な逸話があります。

ほとんどの人はこれを夏目漱石がロマンチストだったことを示す逸話、と理解しているかもしれませんが、実際は「LOVE」に対応する概念を持たなかった当時の日本人が、この英語を日本語でどう表現するべきか悩んでいた状況を表しているものなのです。

戦国武将の直江兼続が兜に「愛」という立物(飾り)を付けていたという話は有名ですが、これも兼続が色ボケ武将だったわけではなく、当時の「愛」という言葉は、現代と意味が違っており仏教用語だったと聞いたことがあるでしょう。

では「愛」という漢字に「LOVE」の概念が足されたのはいつなのかというと、それこそが明治のことなのです。

西洋の哲学や宗教を理解する上で「愛」という概念を日本語に生み出したことは非常に重要です。

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この明治政府の翻訳大事業によって日本語は大きく拡張されていきました。

「憲法」という概念も当時のアジアには存在しておらず、このときの翻訳事業で新しい日本語として作られた訳語です。

このとき翻訳された西洋の概念は、後に同じ漢字を使う中国へ和製漢語として逆輸入されていきます。「憲法」などはその代表です。

中国では和製漢語の流入に反発する声も大きかったといいますが、ある人物が積極的に和製漢語を中国に取り入れました。

それが毛沢東です。毛沢東は文書表現を豊かにするために、外国から学ぶことが重要だと主張し新しい和製漢語を自国に取り込んでいきました。

世界でもっとも文化的でない大革命を起こした人物としてはなんとも意外なお話です。

日本と中国は同じように漢字を用いるため、西洋の概念の翻訳については相互に影響しあっていますが、現代の中国語に存在する西洋の概念には明治政府の翻訳事業が影響しているものも多く存在しているのです。

こうして日本語はこれまでになかった概念を大幅に拡充させ、現代に繋がる豊かな語彙を持った言語として大発展することになったのです。

言語の壁を乗り越えた果ての日本

こうして、日本語には西洋のあらゆる知識に対して対応する訳語が存在するようになりました。

貧しい家の子でも、何気なく図書館で見つけた日本語の本から、最先端の欧米の科学を学べるようになったのです。

ただ、こうした明治政府の努力が裏目に出て、日本は世界でも屈指の英語ができない国になってしまいました。

「英語できなくてもあんまり困らないよね」という今の状況は、昔の人達が必死に知恵を絞って外国語に対応する新しい日本語の概念を生み出してくれたおかげなのです。

その状況に甘んじてしまっては、ちょっと申し訳ない気もしますね。

外国語にも堪能だった文豪、谷崎潤一郎は「文章讀本」の中で、日本語は言葉が少なく精密に語ることに向いていないとその欠点を述べています。

例えば英語も中国語も回転については、自転と公転で異なる「まわる」という言葉があるのに対し、日本は水車や独楽がまわっても、地球が太陽の周りをまわっても、全部同じ「まわる」になってしまいます。

また英語は形容詞に形容詞を重ねて精密に表現できますが、これを日本語に直すと極めて分かりづらい文章になってしまいます。

そのため谷崎は、日本語には日本語のさっぱりとした良さがあるものの、日本語は科学を論ずるには向かない言語であり、科学を志す者は英語に堪能にならなければならないと述べています。

何気なく毎日使っている日本語。教科書に載っている難しい用語。それらの多くは明治以降に作られた新しい言葉たちです。

この明治政府の事業がなければ、「酸素」や「水素」も「微分・積分」という言葉も日本語にはなかったかもしれません。

これは私たちが学びの入り口で躓くことのないように、明治の人々が配慮してくれた結果ですが、だからといってその便利さに胡座をかいてはいけないでしょう。

これからは新しい科学の知識に触れる際には、よくこんな漢字を当てはめたなと英語と見比べて、一緒に英語も学んでみてはいかがでしょうか。

歴史で学ぶ量子力学【改訂版・1】「量子論に出会って衝撃を受けないものは、量子論がわかっていない」

【編集注 2023.03.13 14:00】
記事内容に大幅な加筆修正を行いました。

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