脳に埋め込んだ電極で「うつ状態」から「喜びに満ちた状態」へ感情を移行させることに成功した研究の「その後の経過」が発表される
脳に埋め込んだ電極で「うつ状態」から「喜びに満ちた状態」へ感情を移行させることに成功した研究の「その後の経過」が発表される / Credit:UC San Francisco (UCSF)
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脳への電気刺激を制御チップで自動化し、うつ状態を解消させる技術が登場

2021.10.07 Thursday

2021.10.05 Tuesday

難治性のうつ病は電極によって救われました。

米国カリフォルニア大学で行われた研究によれば、脳深部に埋め込まれた電極による1日300回の刺激が、難治性のうつ病から患者を救っているとのこと。

研究結果は以前に報告された成果の続報となっています。

研究内容の詳細は10月4日に『Nature Medicine』に掲載されました。

Treating Severe Depression with On-Demand Brain Stimulation https://www.ucsf.edu/news/2021/09/421541/treating-severe-depression-demand-brain-stimulation A ‘pacemaker’ for brain activity helped woman emerge from severe depression https://www.livescience.com/brain-implant-proof-of-concept-depression-treatment
Closed-loop neuromodulation in an individual with treatment-resistant depression https://www.nature.com/articles/s41591-021-01480-w

脳に電極を埋め込んで喜びや快楽を発生させる

脳に埋め込まれた電極とチップの参考例。図はステレオEEG実験のもの
脳に埋め込まれた電極とチップの参考例。図はステレオEEG実験のもの / 脳に埋め込まれた電極とチップの参考例。図は研究の基礎となるステレオEEG技術の例 / Credit:URMC . Neurology . thejns

うつ病は現代社会を生きる人々にとって、身近な存在になりつつあります。

しかし残念なことに既存の治療法は十分な成果をあげられていません

薬物を用いた治療法は3人に1人が効かず、電気けいれん法(ETC)も10人に1人は効果が現れないからです。

そこで近年、新たに着目されているのが、電極を埋め込んで、直接的に電気刺激を行う「脳深部刺激療法(DBA)」です。

刺激のターゲットとなったのは、主に快感・意欲などにかかわる「喜びの回路(報酬系)」です。

患者の脳内で喜びの回路を刺激し続けることで、うつ状態を脱却できると考えられているからです。

しかし、これまで行われてきた、うつ病に対する脳深部刺激療法(DBS)は非常に大味であり、決められた位置に対して単調な刺激を送り続けるだけで、効果も安定しませんでした。

そこでカリフォルニア大学の研究者たちは、治療精度を最大化するため、患者の反応をリアルタイムで観察することにしました。

研究者たちは、ボランティアとして名乗り出てくれた36歳の女性(サラ)の頭蓋骨に10カ所の穴を開け、さまざまな部位(眼窩前頭皮質、扁桃体、海馬、内包前脚腹側、腹側線条体、前帯状皮質)に電極を刺し込んで電気刺激(90秒ほど)して、サラの気分が好転する場所を探しました

偏桃体とVC/VSの位置
偏桃体とVC/VSの位置 / Credit:UC San Francisco (UCSF)

すると興味深いことに、刺激される場所ごとに、喜びの質が異なることが判明します。

ある脳領域を刺激されるとサラは「うずくような喜び」を感じ、また別の場所では「霧が晴れたような覚せい感」、また眼窩前頭皮質を刺激されたときには「良い本を読んでいるときのような穏やかな喜び」をうみだしました。

この結果は、喜びの内容ごとに、担当する回路が異なる可能性を示唆します。

ですがより強烈な反応は、内包前脚腹側 / 腹側線条体(VC / VS)と呼ばれる領域を、より長時間(3分~10分)刺激した時に現れました。

この領域を刺激されるとサラは

「突然、心の底から本物の歓喜と多幸感を感じ、世界に色が戻ったように感じて笑みが絶えない状態に変化した」

とのこと。

重度のうつ病を患うサラはここ5年間、1度も笑ったことがありませんでしたが、この領域を刺激されると、クスクスとした笑いが込み上がってくることに気付きます。

研究者たちは、この領域(VC / VS)こそが、サラの治療に最適だと判断します。

(※今年の1月18日に『Nature Medicine』に掲載された論文には、この段階までのデータが主に掲載されています)

ですがより興味深い結果は脳から電極に流れ込んできた信号に含まれていました。

刺し込まれた複数の電極が感知したデータとサラの気分を分析したところ、うつ状態に入る直前に偏桃体において異常なガンマ波が発せられていることも判明します。

そこで研究者たちはサラの脳の偏桃体がガンマ波を発したタイミングを見計らって「VC / VS」に対して電気刺激を与えてみました。

すると不思議なことに、偏桃体でのガンマ波が収まり、サラの気分も好転しました。

この結果は、サラのうつ症状が偏桃体の異常な活動によって引き起こされているものの、「VC / VS」を電気的に刺激することで、回復できることを示します。

ただこれら成果をもとにサラを治療するには、偏桃体が発するうつ状態の兆候を感知して即座に「VC / VS」に電流を流す自動化された仕組みが必要でした。

そこで研究者たちは、制御チップを開発することにします。

次ページ脳を監視する制御チップを15カ月運用してみた

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