「マチュ・ピチュ」という名前は本当は間違い?
「マチュ・ピチュ」という名前は本当は間違い? / Credit: canva
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We May Have Been Calling Machu Picchu The Wrong Name For Over 100 Years https://www.sciencealert.com/white-explorers-might-have-given-machu-picchu-the-wrong-name
The Ancient Inca Town Named Huayna Picchu https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/00776297.2021.1949833?scroll=top

2022.03.25 Friday

天空の遺跡「マチュ・ピチュ」の名前 実は間違いの可能性

南米ペルーの標高2430メートルの山頂に浮かぶ、天空の遺跡「マチュ・ピチュ」。

15世紀のインカ帝国時代のもので、世界でもっとも有名な遺跡の一つとして知られます。

しかし、この「マチュ・ピチュ(Machu Picchu)」という名前について、誤りである可能性を指摘する研究が発表されています。

本当の名前は、単に「ピチュ(Picchu)」あるいは、「ワイナ・ピチュ(Huayna Picchu)」と呼ぶべきだと研究者は指摘します。

しかし、考古学研究を含めあらゆる場所で、この遺跡は「マチュ・ピチュ」として定着しています。

いったい何が問題なのでしょうか? その秘密を以下で詳しく見ていきましょう。

本研究は、2021年8月13日付で学術誌『Ñawpa Pacha』に掲載されたものです。

探検家と地元民の行き違いから「マチュ・ピチュ」になった?

マチュ・ピチュ遺跡
マチュ・ピチュ遺跡 / Credit: canva

今でこそ有名なこの遺跡が、世界に知れ渡るきっかけとなったのは、1911年7月24日のこと。

アメリカの歴史家・探検家であるハイラム・ビンガム(Hiram Bingham)が、インカ帝国時代の道を探索していたとき、山の頂上にある遺跡を発見します。

滞在中のハイラム・ビンガム
滞在中のハイラム・ビンガム / Credit: ja.wikipedia

当時の時点で、この遺跡は地元民にもあまり知られておらず、代わりに、遺跡の両脇にたたずむ2つの山の方が有名だったという。

1つは、遺跡のすぐ背後にある小さくて険しい山で、これを「ワイナ・ピチュ(Huayna Picchu)」と呼んでいました。

現地のケチュア語で「若い峰(Young Peak)」を意味します。

もう1つが、南側にある大きくて傾斜のある山で、こちらが「マチュ・ピチュ(Machu Picchu)」と呼ばれていました。

「老いた峰(Old Peak)」という意味です。

マチュピチュ遺跡の位置。北にワナイ・ピチュ山があり、南に小高いマチュピチュ山がある。
マチュピチュ遺跡の位置。北にワナイ・ピチュ山があり、南に小高いマチュピチュ山がある。 / Credit:Google

私たちのよく知る天空の遺跡「マチュ・ピチュ」はワイナ・ピチュの近くにあります。

しかし実は、マチュ・ピチュ側の山頂にも、ずっと規模は小さいですが遺跡がありました。

ですから本来なら、こちらを「マチュ・ピチュ」と呼ぶべきだったはずです。

実際、ビンガムが探検に出る前に情報収集をしていた際、近くの町のリーダーであるアドルフォ・ケベド(Adolfo Quevedo)は、ワイナ・ピチュ山の遺跡を指して、「ワイナ・ピチュ」と呼んでいたことが日誌に記されています。

ビンガムによる発見の翌年、1912年に撮影された写真
ビンガムによる発見の翌年、1912年に撮影された写真 / Credit: ja.wikipedia

ところが、このワイナ・ピチュの遺跡の近くで、案内役を頼んだ地元農夫のメルチョール・アルテアガ(Melchor Arteaga)に名前を尋ねて日誌に書いてもらったところ、彼は遺跡の名前を「マチョ・ピショ(Macho Pischo)」と書いたのです。

ビンガムによると、「Pischo」という言葉は音では「ペッチュ(pecchu)」と発音しているように聞こえたため、彼はこれを「マチュ・ピチュ(Machu Picchu)」であると理解します。

これを機にビンガムは、ワイナ・ピチュ山側の遺跡を「マチュ・ピチュ」と呼ぶことにしたのです。

しかしこの地元農夫は、ビンガムの指した遺跡を勘違いし、マチュ・ピチュ山にある方を聞かれたと思ったのかもしれません。

本論文の著者は「フィールドノートと手紙から、ビンガムは遺跡をマチュ・ピチュと命名する際に、アルテアガが提供した情報に従っていたようだ 」と述べています。

古文書に「マチュ・ピチュ」は出てこない

ワイナ・ピチュ山を背景にした遺跡
ワイナ・ピチュ山を背景にした遺跡 / Credit: ja.wikipedia

それ以来、この名前が定着するようになりましたが、1990年に、アンデス研究家のジョン・ロウ(John Rowe)が、古文書を用いて「マチュ・ピチュは誤称である」と初めて主張します。

ロウは、16世紀のスペイン植民地から見つかった手紙や文書では、この遺跡が「ピチュ」として知られる古代インカの町として言及されていることを指摘。

さらに、「ワイナ・ピチュ」という記述も確認されましたが、「マチュ・ピチュ」の名称は、まったく出て来なかったというのです。

それから、ビンガム以前に、別の探検家が作成した1904年の地図帳には「ワイナ・ピチュ」という古代インカの町が記載されています。

このことから、今日私たちが「マチュ・ピチュ」と呼んでいる遺跡の正しい名前は、「ピチュ」あるいは「ワイナ・ピチュ」の可能性が高いのです。

これに対し、専門家の間では、賛成と反対の意見で大きくわかれています

しかし、たとえ「マチュ・ピチュ」が間違いだったとしても、耳に残る響きや音の収まりも心地よいので、結果的によかったのかもしれません。

もしかしたら、ビンガムも「マチュ・ピチュの方が聞こえがいい」と思い、あえてこちらの名称を選んだ… というのは考えすぎでしょうか。

【編集注 2022.03.25 12:50】
遺跡周辺の地図情報を追加しました。
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